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長短経 / 是非

〔是曰〕《家語》曰、子路問孔子曰、“請釋古之道、而行由之意、可乎?”子曰、“不可也。昔東夷慕諸夏之禮、有女而寡、為内私壻終身不嫁。不嫁則不嫁矣、然非貞節之義矣。倉吾嬈〔音奴鳥反。〕取妻而美、讓與其兄。讓則讓矣、然非禮讓之讓也。今子欲捨古之道而行子之意、庸知子意以非為是乎?”《語》曰、“變古亂常、不死則亡。”《書》云、“事弗師古、以克永代、匪説攸聞。”〔非曰〕

新字:〔是曰〕《家語》曰、子路問孔子曰、“請釈古之道、而行由之意、可乎?”子曰、“不可也。昔東夷慕諸夏之礼、有女而寡、為内私壻終身不嫁。不嫁則不嫁矣、然非貞節之義矣。倉吾嬈〔音奴鳥反。〕取妻而美、譲与其兄。譲則譲矣、然非礼譲之譲也。今子欲捨古之道而行子之意、庸知子意以非為是乎?”《語》曰、“変古乱常、不死則亡。”《書》云、“事弗師古、以克永代、匪説攸聞。”〔非曰〕

書き下し

〔是に曰く〕家語に曰く、子路、孔子に問いて曰く「請う、古の道を釈てて、由の意を行わんこと、可ならんか」と。子曰く「不可なり。昔、東夷は諸夏の礼を慕う。女有りて寡たり、内に私壻を為して終身嫁がず。嫁がざれば則ち嫁がざるなり。然れども貞節の義に非ざるなり。倉吾の嬈〔音、奴鳥の反。〕妻を取りて美なり。譲りて其の兄に与う。譲れば則ち譲るなり。然れども礼譲の譲に非ざるなり。今、子は古の道を捨てて子の意を行わんと欲す。庸ぞ子の意、非を以て是と為すを知らんや」と。語に曰く「古を変じ常を乱るは、死せずんば則ち亡ぶ」と。書に云う「事、古に師らずして、以て永代に克つは、説の聞く攸に匪ず」と。〔非に曰く〕

現代語訳

〔是の側。〕孔子家語にこうある。子路が孔子に尋ねた。「昔の道を捨てて、私の思うところを行ってよいでしょうか」。孔子は言った。「いけない。昔、東方の夷は中華の礼を慕った。女が寡婦になって、家の内に私通の夫を置いて生涯嫁がなかった。嫁がないことは嫁がないことである。しかし貞節の義ではない。倉吾の嬈は妻を娶ったが美しかった。譲って兄に与えた。譲ることは譲ることである。しかし礼譲の譲ではない。いまおまえは昔の道を捨てて自分の思うところを行おうとしている。おまえの思うところが、誤りを正しいとしていないとどうして分かるか」。ある書物にこうある。「古を変え常道を乱す者は、死ななければ滅びる」。書経にこうある。「事が古に則らずに永く続いた例は、私の聞いたところにはない」。

解説

形だけ真似ると、正反対のものになる。孔子の二つの例が痛烈です。生涯嫁がなかったが私通していた寡婦。妻を兄に譲った男。どちらも形は貞節であり礼譲ですが、中身は逆です。自分の思うところで判断すれば、こうなりかねない。だから古の道に則れ、というのが是の側の主張。次の段でこれに真っ向から反論が来ます。自分の意で判断してよいかと問われて、孔子は判断の中身ではなく、判断する資格のほうを問い返しています。

この章句が説くこと

是非孔子家語子路古の道形だけ貞節

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