長短経 / 是非
陳登為吕布説曹公曰、“養吕布、譬如養虎、常須飽其肉、不飽則噬人。”〔非曰〕曹公曰、“不似卿言。譬如養鷹、饑則為人用、飽則颺去。”〔是曰〕
新字:陳登為呂布説曹公曰、“養呂布、譬如養虎、常須飽其肉、不飽則噬人。”〔非曰〕曹公曰、“不似卿言。譬如養鷹、饑則為人用、飽則颺去。”〔是曰〕
書き下し
陳登、呂布の為に曹公に説きて曰く「呂布を養うは、譬えば虎を養うが如し。常に須らく其の肉に飽かしむべし。飽かざれば則ち人を噬む」と。〔非に曰く〕曹公曰く「卿の言に似ず。譬えば鷹を養うが如し。饑うれば則ち人の用を為し、飽けば則ち颺り去る」と。〔是に曰く〕
現代語訳
陳登が呂布のために曹操に説いた。「呂布を養うのは、たとえば虎を養うようなものです。常に肉を飽きるほど与えねばなりません。飽かなければ人を噛みます」。〔非の側。〕曹操は言った。「あなたの言うのとは違う。たとえば鷹を養うようなものだ。飢えていれば人のために働き、腹が満ちれば飛び去る」。
解説
危険な人材をどう扱うかの対です。陳登は満腹にさせろと言い、曹操は飢えさせておけと言う。虎と見るか鷹と見るかで、処方が正反対になります。曹操の見立ては冷酷ですが、実務的でもある。満たしてしまえば去るというのは、待遇だけで人をつなぎとめられないという意味でもあります。どちらが正しいかは、相手が虎か鷹かによる。
この章句が説くこと
是非呂布陳登曹操虎と鷹待遇
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