長短経 / 反経
跖之徒問於跖曰、“盜亦有道乎?”跖曰、“何適其無有道耶?夫妄意室中之藏、聖也。入先、勇也。出後、義也。知可否、智也。分均、仁也。五者不備而能成大盜者、天下未之有也。”〔後漢末、董卓入朝、將簒位、乃引用名士。范曄論曰、“董卓以虓闞為情、遭崩剥之勢、故得蹈藉彛倫、毁裂畿服。夫以刳肝斮趾之性、則羣生不足以厭其快、然猶折意搢紳、遲疑凌奪、尚有盜竊之道焉。”〕
新字:跖之徒問於跖曰、“盗亦有道乎?”跖曰、“何適其無有道耶?夫妄意室中之蔵、聖也。入先、勇也。出後、義也。知可否、智也。分均、仁也。五者不備而能成大盗者、天下未之有也。”〔後漢末、董卓入朝、将簒位、乃引用名士。范曄論曰、“董卓以虓闞為情、遭崩剥之勢、故得蹈藉彛倫、毀裂畿服。夫以刳肝斮趾之性、則羣生不足以厭其快、然猶折意搢紳、遅疑凌奪、尚有盗窃之道焉。”〕
書き下し
跖の徒、跖に問いて曰く「盗にも亦た道有りや」と。跖曰く「何ぞ其の道無きに適かんや。夫れ妄りに室中の蔵を意るは、聖なり。入るに先んずるは、勇なり。出づるに後るるは、義なり。可否を知るは、智なり。分かつこと均しきは、仁なり。五者備わらずして能く大盗を成す者は、天下未だ之れ有らざるなり」と。〔後漢の末、董卓入朝し、将に位を簒わんとし、乃ち名士を引用す。范曄論じて曰く「董卓は虓闞を以て情と為し、崩剥の勢いに遭う。故に彝倫を蹈藉し、畿服を毀裂するを得たり。夫れ肝を刳き趾を斮るの性を以てすれば、則ち群生も以て其の快を厭かすに足らず。然れども猶お意を搢紳に折り、凌奪に遅疑す。尚お盗窃の道有るなり」と。〕
現代語訳
盗跖の手下が盗跖に尋ねた。「盗みにも道があるのですか」。盗跖は言った。「どうして道がないところへ行こうか。家の中の蔵を当てずっぽうに見抜くのが聖である。先に入るのが勇である。後から出るのが義である。できるかできないかを知るのが智である。分け前を均しくするのが仁である。この五つが備わらずに大泥棒になれた者は、天下にまだいない」。〔後漢の末、董卓が朝廷に入り、位を簒奪しようとして、名士を登用した。范曄は論じて言った。「董卓は猛獣のような吠え声を本性とし、崩れ落ちる情勢に遭った。だから人倫を踏みにじり、都の秩序を引き裂くことができた。肝を抉り足を斬るような性質からすれば、生きとし生けるものすべてでもその快楽を満たすに足りない。それでもなお名士に対しては意を曲げ、奪うことをためらった。まだ盗みの道があったのである」。〕
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『淮南子』道應訓蹠の徒 蹠に問いて曰く、「盜にも亦た道有るか」と。蹠曰く、「奚ぞ其れ道無きに適かんや。夫れ意して中に藏する者は、聖なり。先に入る者は、勇なり。後に出づる者は、義なり。分の均しき者は、仁なり。可否を知る者は、智なり。五つの者 備わらずして、能く大盜と成る者は、天下に之れ無し」と。此に由りて之を觀れば、盜賊の心も、必ず聖人の道に托して而る後に行う可し。故に老子曰く、「聖を絶ち智を棄つれば、民の利 百倍す」と。
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呂氏春秋・當務②跖の徒、跖に問いて曰く、「盜に道有りや。」跖曰く、「奚ぞ啻に其れ道無からんや。夫れ關の內を妄意して、藏を中つるは、聖なり。入るに先んずるは、勇なり。出づるに後るるは、義なり。時を知るは、智なり。分かつに均しきは、仁なり。此の五者に通ぜずして、能く大盜を成す者は、天下に有る無し。」備に説いて六王・五伯を非とし、以為らく、「堯に不慈の名有り、舜に不孝の行い有り、禹に淫湎の意有り、湯・武に放殺の事有り。五伯に暴亂の謀有り。世皆之を譽め、人皆之を諱むは、惑いなり。」故に死して金椎を操りて以て葬らる。曰く、「下、六王・五伯を見ば、將に其の頭を毃たんとす。」辨此くの若きは辨無きに如かず。
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荘子・胠篋将に胠篋(きょきょう)・探嚢(たんのう)・発匱(はっき)の盗を為さんとして守備を為さば、則ち必ず緘縢(かんとう)を摂(おさ)め、扃鐍(けいけつ)を固くす。此れ世俗の所謂知なり。然り而して巨盗至れば、則ち匱(ひつ)を負い篋(はこ)を掲げ嚢(ふくろ)を担いて趨(はし)り、唯だ緘縢・扃鐍の固からざるを恐る。然らば則ち郷(さき)の所謂知なる者は、乃ち大盗の為に積む者ならざるか。故に嘗みに之を論ぜん。世俗の所謂知なる者は、大盗の為に積まざる者有らんか。所謂聖なる者は、大盗の為に守らざる者有らんか。何を以て其の然るを知るか。昔者(むかし)斉国は鄰邑(りんゆう)相望み、鶏狗の音相聞こえ、罔罟(もうこ)の布く所、耒耨(らいどう)の刺す所、方(ほう)二千余里なり。四竟(しきょう)の内を闔(と)じて、宗廟社稷を立て、邑・屋・州・閭・郷曲を治むる所以の者、曷(なん)ぞ嘗て聖人に法(のっと)らざらんや。然り而して田成子(でんせいし)一旦にして斉君を殺して其の国を盗む。盗む所の者は豈に独り其の国のみならんや。並びに其の聖知の法をも与(とも)に之を盗む。故に田成子は盗賊の名有れども、身は堯・舜の安きに処る。小国も敢えて非とせず、大国も敢えて誅せず。十二世斉国を有(たも)つ。則ち是れ乃ち斉国を竊(ぬす)み、並びに其の聖知の法をも与にして、以て其の盗賊の身を守るに非ざるか。嘗みに之を論ぜん。世俗の所謂至知なる者は、大盗の為に積まざる者有らんか。所謂至聖なる者は、大盗の為に守らざる者有らんか。何を以て其の然るを知るか。昔者龍逢(りょうほう)は斬られ、比干は剖(さ)かれ、萇弘(ちょうこう)は胣(さ)かれ、子胥(ししょ)は靡(ただ)る。故に四子の賢にして身は戮(りく)を免れず。故に盗跖の徒、跖に問いて曰く、「盗にも亦た道有るか」と。跖曰く、「何くに適くとして道無からんや。夫れ室中の蔵を妄(みだ)りに意(はか)るは、聖なり。入るに先んずるは、勇なり。出づるに後(おく)るるは、義なり。可否を知るは、知なり。分かつこと均しきは、仁なり。五者備わらずして能く大盗と成る者は、天下未だ之れ有らざるなり」と。是に由りて之を観れば、善人は聖人の道を得ざれば立たず、跖も聖人の道を得ざれば行われず。天下の善人は少なくして不善人は多ければ、則ち聖人の天下を利するや少なくして天下を害するや多し。
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『長短経』反経勇悍に資りて上を衛り攻戦するを以てせずして、反って侵陵私闘を以てす。〔勇に反するなり。凡そ将帥の去就を軽んずる者は、辺を鎮めしむ可からず。仁徳をして之を守らしむれば則ち安し。〕心智慧にして計教を端しくするを以てせずして、反って奸に事え非を飾るを以てす。〔智慧に反するなり。説苑に曰く「君子の権謀は正し、小人の権謀は邪なり」と。〕貌美好にして朝に統べ人に莅むを以てせずして、反って女を蠱かし欲に従うを以てす。〔貌に反するなり。此の五つの者は、所謂士の其の美質を失うなり。〕
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『長短経』反経是に由りて之を観れば、善人は聖人の道を得ざれば立たず、盗跖は聖人の道を得ざれば行われず。天下の善人は少なくして、不善人は多し。則ち聖人の天下を利するや少なくして、天下を害するや多し。〔仁義に反するなり。議に曰く、昔、仲由、郡宰と為る。季氏、五月を以て長溝を起こす。此の時に当たり、子路は其の私秩の粟を以て漿飯と為し、以て溝する者に餉る。孔子之を聞き、子貢をして往きて其の飯を覆し、其の器を撃毀せしむ。子路曰く「夫子は由の仁義を為すを嫉むか」と。孔子曰く「夫れ礼は、天子は天下を愛し、諸侯は境内を愛し、大夫は官職を愛し、士は其の家を愛す。其の愛する所を過ぐる、是れを侵官と曰う」と。漢の武の時、河間献王来朝す。造次にも必ず仁義に於てす。武帝色然として之を難んじ、謂いて曰く「湯は七十里を以てし、文王は百里を以てす。王其れ之に勉めよ」と。王、其の意を知り、帰りて即ち酒を縦にす。是に由りて之を言えば、夫れ仁の兼済は、必ず分有りて乃ち可なり。故に尸子に曰く「君臣父子、上下長幼、貴賤親疎、皆な其の分を得るを理と曰う。愛の分を得るを仁と曰い、施の分を得るを義と曰い、慮の分を得るを智と曰い、動の分を得るを適と曰い、言の分を得るを信と曰う。皆な其の分を得て而る後に成人と為る」と。是に由りて之を言えば、跖の徒の仁義は、其の分に非ざるなり。〕
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『長短経』是非易に曰く「物を備え用を致し、成器を立てて以て天下の利を為す者は、聖人より大なるは莫し」と。〔非に曰く〕荘子曰く「聖人死せずんば、大盗止まず。聖人を重んじて天下を治むと雖も、則ち是れ盗跖を重ねて利するなり。之が為に斗斛して以て之を量れば、則ち斗斛と并せて之を竊む。之が為に権衡して以て之を称れば、則ち権衡と并せて之を竊む。之が為に符璽して以て之を信ぜしむれば、則ち符璽と并せて之を竊む。之が為に仁義して以て之を教うれば、則ち仁義と并せて之を竊む。何を以て其の然るを知るか。彼の鈎を竊む者は誅せられ、国を竊む者は諸侯と為る。諸侯の門にして仁義存す。則ち是れ仁義聖智を竊むに非ずや。故に大盗を逐い諸侯を掲げ、仁義を竊み、斗斛・権衡・符璽の利を并す。軒冕の賞有りと雖も勧むる能わず、斧鉞の威も禁ずる能わず。此れ盗跖を重ねて利するなり。而して禁ず可からざらしむるは、是れ乃ち聖人の過ちなり。故に曰く『国の利器は以て人に示す可からず』と。彼の聖人なる者は、天下の利器なり。天下に明らかにする所以に非ざるなり」と。〔是に曰く〕