長短経 / 君徳
或曰、「王霸之畧、請事斯語矣。敢問殁而作謚、及改正朔、易服色、以變人之耳目、其事奚象?」對曰、「古之立謚者、將以戒夫後代、隨行受名、君親無隱。今之臣子不論名實、務在尊崇、斯風替也久矣。」
新字:或曰、「王覇之略、請事斯語矣。敢問殁而作謚、及改正朔、易服色、以変人之耳目、其事奚象?」対曰、「古之立謚者、将以戒夫後代、随行受名、君親無隠。今之臣子不論名実、務在尊崇、斯風替也久矣。」
書き下し
或るひと曰く「王霸の略、請う斯の語を事とせん。敢えて問う、殁して謚を作り、及び正朔を改め、服色を易え、以て人の耳目を変ずるは、其の事奚をか象る」と。対えて曰く「古の謚を立つる者は、将に以て夫の後代を戒めんとす。行いに随いて名を受け、君親も隠すこと無し。今の臣子は名実を論ぜず、務め尊崇するに在り。斯の風の替るること久し」と。
現代語訳
ある人が言った。「王道と覇道の要点は、この教えを実践いたします。あえてお尋ねしますが、死後に諡を作り、暦の始まりを改め、衣服の色を変えて、人々の目と耳を改めるのは、何にかたどっているのですか」。答えて言った。「昔、諡を立てたのは、後の世を戒めるためであった。行いに応じて名を受け、君主や親についても隠すことがなかった。いまの臣下は名と実を論じず、もっぱら尊び崇めることに努める。この風潮が廃れてから久しい」。
解説
諡、つまり死後に贈る名は、本来は評価の記録でした。悪い行いには悪い諡が付き、君主や親であっても隠さなかった。それがいつしか、ひたすら褒める慣習になった。評価の制度が儀礼に変わってしまったのです。どんな組織の評価制度も、この方向へ劣化します。悪い評価をつけることが失礼になったとき、その制度はすでに機能を失っています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
君徳諡名実評価儀礼化後代への戒め
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