長短経 / 君徳
秦使趙髙傅胡亥而教之獄、所習者非斬劓人則夷人之三族也。故胡亥今日即位、明日射人。忠諫者謂之誹謗、深計者謂之妖言、視殺人若刈草菅然。豈胡亥之性惡哉?從其所以導之者非其理也。」
新字:秦使趙高傅胡亥而教之獄、所習者非斬劓人則夷人之三族也。故胡亥今日即位、明日射人。忠諫者謂之誹謗、深計者謂之妖言、視殺人若刈草菅然。豈胡亥之性悪哉?従其所以導之者非其理也。」
書き下し
秦、趙高をして胡亥に傅たらしめて之に獄を教う。習う所の者は、人を斬劓するに非ざれば則ち人の三族を夷らぐなり。故に胡亥は今日即位して、明日には人を射る。忠諫する者は之を誹謗と謂い、深く計る者は之を妖言と謂う。人を殺すを視ること草菅を刈るが若く然り。豈に胡亥の性、悪ならんや。其の以て之を導く所の者、其の理に非ざるに従うなり」と。
現代語訳
秦は趙高を胡亥の守り役として、刑獄を教えさせた。習ったものは、人の鼻を削ぎ斬るか、さもなければ一族三代を皆殺しにすることだった。だから胡亥は即位した翌日には人を射た。忠告して諌める者を誹謗と呼び、深く計る者を妖言と呼んだ。人を殺すのを、雑草を刈るように見た。どうして胡亥の生まれつきが悪かったのだろうか。導いた者のやり方が、道理でなかったからである」。
解説
前段の成王と対になる例です。成王は正しい人に囲まれて育ち、胡亥は趙高に刑獄だけを教わって育った。即位の翌日に人を射たのは、それしか教わっていなかったからです。豈に胡亥の性、悪ならんや。生まれつきのせいにしない、というのが賈誼の一貫した立場でした。人が残酷になるのは、残酷なやり方しか見せられなかったからだ、と。育成の責任がどこにあるかを、はっきりさせています。
この章句が説くこと
君徳胡亥趙高教育環境賈誼
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