長短経 / 察相
晉侯嬖程鄭、使佐下軍。鄭行人公孫揮如晉聘。程鄭問焉、曰、「敢問降階何由?」子羽不能對。歸以語然明、然明曰、「是將死矣!不然將亡。貴而知懼、懼而思降、乃得其階、下人而已、又何問焉?且夫既登而求降者、知人也、不在程鄭。其有亡釁乎?不然、其有惑疾、將死而憂乎?」明年、程鄭卒。
新字:晋侯嬖程鄭、使佐下軍。鄭行人公孫揮如晋聘。程鄭問焉、曰、「敢問降階何由?」子羽不能対。帰以語然明、然明曰、「是将死矣!不然将亡。貴而知懼、懼而思降、乃得其階、下人而已、又何問焉?且夫既登而求降者、知人也、不在程鄭。其有亡釁乎?不然、其有惑疾、将死而憂乎?」明年、程鄭卒。
書き下し
晋侯、程鄭を嬖して、下軍を佐けしむ。鄭の行人公孫揮、晋に如きて聘す。程鄭焉に問いて曰く「敢えて問う、階を降るは何に由る」と。子羽対うる能わず。帰りて以て然明に語る。然明曰く「是れ将に死せんとす。然らずんば将に亡びんとす。貴くして懼れを知り、懼れて降るを思うは、乃ち其の階を得たり、人に下るのみ。又た何をか問わんや。且つ夫れ既に登りて降るを求むる者は、人を知るなり、程鄭に在らず。其れ亡ぶるの釁有らんか。然らずんば、其れ惑疾有りて、将に死せんとして憂うるか」と。明年、程鄭卒す。
現代語訳
晋侯が程鄭を寵愛して、下軍の副将にした。鄭の使者である公孫揮が晋へ聘問した。程鄭は彼に尋ねた。「あえてお尋ねしたい。位を降りるにはどうすればよいか」。子羽(公孫揮)は答えられなかった。帰って然明に話した。然明は言った。「その人は死ぬだろう。そうでなければ滅びる。貴くなって恐れを知り、恐れて降りることを考えるのは、もうその降り方を得ているのであって、ただ人の下に付けばよい。何を尋ねる必要があろうか。そもそもすでに登ってから降りようとするのは、人を知る者のすることで、程鄭のような人物のすることではない。滅びの兆しがあるのだろうか。そうでなければ、心を病んで、死を前に憂えているのだろうか」。翌年、程鄭は死んだ。
解説

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