長短経 / 任長
昔伊尹之興土工也、强脊者使之負土、眇者使之推、傴者使之塗、各有所宜、而人性齊矣。
新字:昔伊尹之興土工也、強脊者使之負土、眇者使之推、傴者使之塗、各有所宜、而人性斉矣。
書き下し
昔、伊尹の土工を興すや、強脊の者は之をして土を負わしめ、眇の者は之をして推さしめ、傴の者は之をして塗らしむ。各々宜しき所有りて、人性斉し。
現代語訳
昔、伊尹が土木工事を起こしたとき、背中の強い者には土を背負わせ、片目の見えない者には車を押させ、背の曲がった者には壁を塗らせた。それぞれに向いた場所があり、そうすれば人の資質は等しくなった。
解説
短い一段ですが、長短経の人材観がここに凝縮しています。障害を持つ者を除くのではなく、その体のかたちがいちばん活きる持ち場に置く。片目が見えなくても車は押せる。背が曲がっているほうが低い壁は塗りやすい。置き場所さえ合えば人の資質に上下はなくなる、という最後の一句が効いています。能力の差だと思っているものの多くは、実は配置の差である。人事を預かる人が最初に疑うべきはそこです。
この章句が説くこと
適材適所配置人材登用伊尹長所人性
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