廟堂忠告 / 退休第十
愽施兼善,士君子通願也。然有志而無才則不能,有才而無位則不能,有位而不見知於上則不能,見知矣而小人間之則不能。嗚呼,此士夫所以出而用世之難也。上焉恥其君不及堯舜,下焉思一夫不被其澤,若已推而納諸溝中。世俗所樂,若聲色,若宮室,若珍異車服之奉,一皆無有,其所有者,自頂至踵,天下國家之憂而已。為君上者,誠能亮其如是之懷,凡有所言,優容喜納,猶或庶幾。其或疑其奪權違已,賣直售名,將見舉動皆愆,而身死無所矣。所以自古忠直為國者,阿容佞詐惟己之為者多,此無他,盖由為已則有福而無禍,為國
新字:愽施兼善,士君子通願也。然有志而無才則不能,有才而無位則不能,有位而不見知於上則不能,見知矣而小人間之則不能。嗚呼,此士夫所以出而用世之難也。上焉恥其君不及堯舜,下焉思一夫不被其沢,若已推而納諸溝中。世俗所楽,若声色,若宮室,若珍異車服之奉,一皆無有,其所有者,自頂至踵,天下国家之憂而已。為君上者,誠能亮其如是之懐,凡有所言,優容喜納,猶或庶幾。其或疑其奪権違已,売直售名,将見舉動皆愆,而身死無所矣。所以自古忠直為国者,阿容佞詐惟己之為者多,此無他,盖由為已則有福而無禍,為国
書き下し
博く施して兼ねて善くするは、士君子の通願なり。然れども志有りて才無ければ則ち能わず、才有りて位無ければ則ち能わず、位有りて上に知られざれば則ち能わず、知らるるも而も小人之を間すれば則ち能わず。嗚呼、此れ士夫の出でて世に用いらるるの難き所以なり。上は其の君の堯舜に及ばざるを恥じ、下は一夫も其の澤を被らざる有らば已を推して溝中に納るるが若く思う。世俗の樂しむ所、聲色の若き、宮室の若き、珍異車服の奉の若き、一(いつ)として有ること無く、其の有する所は、頂より踵に至るまで、天下國家の憂いのみ。君上為る者、誠に能く其の是くの如きの懷いを亮(あき)らかにせば、凡そ言う所有らば、優容喜納すること、猶お或いは庶幾(ちか)からん。其れ或いは其の權を奪い已に違うを疑い、直を賣り名を售(う)ると疑わば、將に舉動皆愆(あやま)ちて身死して所無きを見んとす。所以に自古忠直にして國の為にする者、佞詐(ねいさ)に阿容して惟だ己の為にする者多し。此れ他無し、盖し己の為にすれば則ち福有りて禍無く、國の為にすれば……
現代語訳
広く恵みを施し、あまねく人々を善くすることは、士君子(志ある人物)の共通の願いである。しかし、志があっても才能がなければ実現できず、才能があっても地位がなければ実現できず、地位があっても上の者に理解されなければ実現できず、たとえ理解されても、つまらぬ人間に邪魔されれば実現できない。ああ、これこそ士大夫が世に出て用いられることの難しさである。優れた者は、上にあっては自分の主君が堯・舜に及ばないことを恥じ、下にあっては一人でもその恩恵にあずかれない者があれば、まるで自分がその者を溝の中に落としたかのように思う。世間の人が楽しむもの、たとえば音楽や女色、立派な邸宅、珍しい品や車馬・衣服のもてなしといったものを一切持たず、その身にあるものといえば、頭のてっぺんから足の先まで、ただ天下国家を憂える心だけである。君主たる者が、真にこのような臣下の思いを理解できれば、その進言に対して寛大に受け入れることも、あるいは期待できよう。だが、もし君主がその臣下を権力を奪おうとしている、自分に背いていると疑い、正直さを売り物にして名声を得ようとしていると疑うならば、その臣下の一挙一動はすべて過ちとされ、身は滅んでも何も得られないことになるだろう。だから昔から、忠実で正直に国のために尽くす者よりも、へつらいと偽りにおもねって自分の利益だけを図る者の方が多いのである。これは他でもない、自分のために行動すれば福があって禍がなく、国のために……
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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牧民忠告・閑居士の仕うるや、其の任有れば斯(ここ)に其の責有り、其の責有れば斯に其の憂有り。一県の責を任ずる者は則ち一県を憂え、一州の責を任ずる者は一州を憂え、一路の責、天下の責を任ずる者は、則ち一路と天下とを以て憂う。蓋し任重ければ則ち責重く、責重ければ則ち憂深し。古人の三揖(さんゆう)して進み、一揖して退く所以の者は、以(ゆえ)有るなり。堯(ぎょう)・舜(しゅん)・禹(う)・湯(とう)・文(ぶん)・武(ぶ)の君と為り、臯(こう)・夔(き)・稷(しょく)・契(せつ)・伊(い)・傅(ふ)・周(しゅう)・召(しょう)の臣と為ると雖も、因(よ)りて未だ嘗て其の責を憂えずして以て楽と為さざるはあらず。彼の位を以て楽と為す者は、茍(いやしく)も其の位にある者なり。嗚呼、大聖大賢は、宜(よろ)しく其の任ずる所に難(かた)からざるべきに、猶お且つ自ら暇逸(かいつ)せざること此くの如し。吾が才は遠く聖賢に逮(およ)ばず、顧(かえ)って其の位を楽しみて其の去るを重んずべけんや。
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説苑・雜言賢人君子は、盛衰の時に通じ、成敗の端に明らかに、治乱の紀を察し、人情を審らかにす。去就する所を知る、故に窮すと雖も亡国の勢に処らず、貧しと雖も汙君の禄を受けず。是を以て太公は七十にして自ら達せず、孫叔敖は三たび相を去りて自ら悔いず。何となれば則ち、強いて其の人に非ざるに合せざればなり。太公は一たび周に合して侯たること七百歳、孫叔敖は一たび楚に合して封ぜらるること十世。大夫種は越を存亡して覇たらしめしも、句踐は死を前に賜う。李斯は功を秦に積みしも、卒に五刑を被る。忠を尽くして君を憂い、身を危うくして国を安んずる、其の功は一なり。或いは封侯して絶えず、或いは死を賜いて刑を被る。慕う所・由る所異なればなり。故に箕子は国を去りて狂を佯り、范蠡は越を去りて名を易え、智過は君弟を去りて姓を更う、皆遠きを見て微を識り、仁は能く富勢を去りて以て萌生の禍を避くる者なり。夫れ暴乱の君、孰か能く縶を離ちて其の身を役し、患いに与らんや。故に賢者は死を畏れ害を避くるのみに非ざるなり、身を殺すも益無くして明主の暴なればなり。比干は紂に死すも其の行いを正す能わず、子胥は呉に死すも其の国を存する能わず。二子は強諫して死す、適に明主の暴を明らかにするのみ、未だ始めより秋毫の端の如きも益有らざるなり。是を以て賢人は其の智を閉じ、其の能を塞ぎ、其の人を得るを待ちて然る後に合す。故に言えば聴かれざる無く、行えば疑わるる無く、君臣両つながら与にし、終身患い無し。今其の時を得るに非ず、又其の人無く、直だ私意已む能わず、世の乱れを閔れみ、主の危うきを憂う。貲無きの身を以て、蔽塞の路を渉り、讒人の前を経、無量の主に造り、不測の罪を犯す。其の天性を傷る、豈に惑いならざらんや。故に文信侯・李斯は、天下謂う所の賢なり、国の為に計り微を揣り隠を射る、所謂過策無きなり。戦いて勝ち攻めて取る、所謂強敵無きなり。功を積むこと甚だ大に、勢利甚だ高し。賢人用いられず、讒人事を用う、自ら用いられざるを知るも、其の仁去る能わず。敵を制し功を積むこと、秋毫を失わず。患いを避け害を去ること、丘山を見ず。其の欲する所を積みて、以て其の悪む所に至る、豈に勢利に惑わさるるに非ざらんや。詩に云う、『人は其の一を知りて、其の他を知る莫し』と。此を之れ謂うなり。
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『臣軌』卷上 至忠章蓋し聞く、古の忠臣その君に事うるや、心を尽くし、力を尽くす。才に称いて位に居り、能に称いて禄を受く。面に誉めて以て親を求めず、愉悦して以て苟合せず。公家の利、知りて為さざる無し。上は以て主を尊び国を安んずるに足り、下は以て財を豊かにし人を阜かにするに足る。内は君の過ちを匡し、外は君の美を揚ぐ。邪を以て正を損せず、私の為に公を害せず。善を見ればこれを行うこと及ばざるが如く、賢を見ればこれを挙ぐること逮ばざるが如し。力を竭くし労を尽くして其の報いを望まず、功を程り事を積みて其の賞を求めず。国に益有るに務め、人に済い有るに務む。
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牧民忠告・閑居進みては則ち安居して以て其の志を行い、退きては則ち安居して以て其の未だ能わざる所を修む。則ち是れ進むも亦た為す有り、退くも亦た為す有るなり。近世の士大夫は、惟だ進むに狃(な)れ、退けば則ち昏然(こんぜん)として猷為(ゆうい)する所無く、甚だしきは愧(は)じを茹(くら)い慚(はじ)を懐(いだ)き、蹙縮(しゅくしゅく)して敢えて一たびも戸を出でず。夫れ軒冤(けんえん)は、古人以て儻來(とうらい)の物と為すなり。其の有るも何の加うる所ぞ、其の無きも何の損する所ぞ。良貴(りょうき)の我に在るを思わず、惟だ物に仮(か)りて以て重軽と為さば、則ち其の人品の卑下なること、論ぜざれども知るべし。
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牧民忠告・受代代の未だ至らざるや、民を風(うなが)して石を立てて徳を頌(しょう)せしめ、綺門(きもん)を結びて行を祖(そ)し、銭帛(せんぱく)を鳩(あつ)めて路費を佐(たす)けしめ、生祠(せいし)を建てて不朽の名を図らしむるは、皆士君子の事に非ざるなり。蓋し善を為して人の知るを求めざる者を上と為し、知られて自ら其の善を有せざる者は之に次ぎ、呶呶(どうどう)焉として自ら謀り自ら鬻(ひさ)ぎ、惟だ虚誉を崇(とうと)ぶ者は、風斯(すなわ)ち下に在り。
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牧民忠告・閑居古人、官を休(や)め政を致(かえ)すを以て、重負を釈(と)き羈囚(きしゅう)を脱するが為(ため)と為す。竊(ひそ)かに嘗(かつ)て之を思うに、誠に是(こ)の理有り。方(まさ)に其の仕うるや、出入を厳にし起居を慎み、一嚬一笑(いっぴんいっしょう)も、亦た敢えて軽々しく人に仮(か)さず。蓋し一身にして衆の師表(しひょう)と為れば、少しく規矩(きく)を逾(こ)ゆれば、謗議(ぼうぎ)四方に聞こゆること、之を高屋の上に特行(とっこう)するに譬(たと)う。頂(いただき)自り踵(きびす)に至るまで、下に在る者、之を見ざる無きなり。一朝代(かわ)り至らば、身を完(まっと)うして去る、詎(なん)ぞ止(た)だ重負を釈き羈を脱するが如きのみならんや。嘗て仕えて休居する者を見るに、往往にして喜ばず、或いは子姪(してつ)に命じ、或いは朋友に托し、奸を市(な)し訟(うった)えを構え、政に靡(なび)かざる無く、小しく違う所有れば、則ち曰く、「官を去るも見任(けんにん)に同じ」と。新たに上(のぼ)る者をして、法は格(さまた)げられ令は馳(は)せ、拒納(きょのう)容れ難く、甚だしきは撓沮排抵(とうそはいてい)し、状を為すこと百端なり。細民は知る無く、亦た従いて靡(なび)く。設(も)し己が政の初めに、人以て是(か)くの如く薦擾(せんじょう)せしめば、当(まさ)に若何(いかん)せん。心を推して之を体すれば、必ず自ら其の悪むべきを知らん。