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武士道 / 第三章 正義・勇なき義理は怯懦の巣居

されば義しき道理を本としたる義理は、往々偏して單に決疑の規準となり、又た遂に墮落して、人の誹謗を畏怖するの念となれり。愛國心を稱して、『似而非なる他の感情を蔽ふへる、最も美――あ尾ひ湯=はしく、最も怪しむべき假面なり』と云へるは、亦た以て義理を評すべきにあらずや。義理は義しき道理に遠ざかり、其名美にして、却て其實を誤り、其翼の下には、詭辯僞善等あらゆる醜汚を包蔽せり。故に武士道若し、敢爲堅忍の精神たる勇の念の、明敏牢確なるものなかりせば、所謂『義理』は一變して、怯懦の巢居と化したるべし。

新字:されば義しき道理を本としたる義理は、往々偏して単に決疑の規準となり、又た遂に堕落して、人の誹謗を畏怖するの念となれり。愛国心を称して、『似而非なる他の感情を蔽ふへる、最も美――あ尾ひ湯=はしく、最も怪しむべき仮面なり』と云へるは、亦た以て義理を評すべきにあらずや。義理は義しき道理に遠ざかり、其名美にして、却て其実を誤り、其翼の下には、詭弁偽善等あらゆる醜汚を包蔽せり。故に武士道若し、敢為堅忍の精神たる勇の念の、明敏牢確なるものなかりせば、所謂『義理』は一変して、怯懦の巣居と化したるべし。

書き下し

されば義しき道理を本としたる義理は、往々偏して単に決疑の規準となり、又た遂に堕落して、人の誹謗を畏怖するの念となれり。愛国心を称して、『似而非なる他の感情を蔽へる、最も美はしく、最も怪しむべき仮面なり』と云へるは、亦た以て義理を評すべきにあらずや。義理は義しき道理に遠ざかり、其名美にして、却て其実を誤り、其翼の下には、詭弁偽善等あらゆる醜汚を包蔽せり。故に武士道若し、敢為堅忍の精神たる勇の念の、明敏牢確なるものなかりせば、所謂『義理』は一変して、怯懦の巣居と化したるべし。

現代語訳

そういうわけで、正しい道理を本とした義理は、しばしば偏って単なる是非を判断するための規則となり、ついには堕落して、人の非難を恐れる気持ちになってしまった。愛国心について、「似て非なる他の感情を覆い隠す、もっとも美しく、もっとも怪しむべき仮面である」と言った言葉は、そのまま義理を評するのに当てはまるのではないか。義理は正しい道理から遠ざかり、名は美しいのにかえって実質を誤り、その翼の下には、こじつけや偽善などのあらゆる醜さを包み隠した。だからもし武士道に、ものごとを果敢に行い耐え抜く精神である勇の心が、鋭く確かに備わっていなかったなら、いわゆる「義理」はたちまち変わって、臆病者の巣窟となっていただろう。

解説

第三章は義を論じ、義しい道理から生まれた義理という言葉を取り上げます。新渡戸は義理の功を認めたうえで、この段でその堕落を率直に指摘します。義理はいつしか人の噂を恐れる心となり、偽善やこじつけを包み隠す美しい仮面になった、というのです。愛国心を美しい仮面と評した西洋の言葉をそのまま義理に当てはめるところに、新渡戸の批評の鋭さが表れています。そして義理を腐らせないものとして、次章の勇を呼び込みます。正しさだけでは足りず、それを実行する勇気がなければ、正しさの名を借りた臆病に変わるという構成です。あなたが義理や付き合いと呼んでいるものの中に、実は人の目を恐れる気持ちが隠れていないでしょうか。

この章句が説くこと

義理勇偽善怯懦仮面

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