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武士道 / 第一章 武士道の倫理系・小英人トムの希望

人の或は大人びて、彼の〓ラグビー學校の小英人トム、ブラウンが、『幼童を虐げず、巨童に背を示さヾりし男兒なりとの名を傳へん』との希望を嗤ふべしと雖、焉ぞ知らん、此希望こそ即ち一隅の首石にして、此れが上に道義の大厦高樓を築くを得るものに非すや。而も借問せん、世界宗教の中、最も醞藉好和なる宗教と雖、此少年トムの熱望を賛翼するものに非らざる無き乎と。トムの希望は、乃ち英國が其偉大なる國家を百代に建つるの基礎なり。而して武士道の由つて以て柱礎としたる所のものも、亦た此れと齊しきものあるを認むるに難からず。吾人はクエカー教徒の如く、攻守の何如を問はず、兵は凶器也とせんとも、尙且つレツシングに倣ひて、『德は過より生ずるを知る』と云ふを得べし。

新字:人の或は大人びて、彼の〓ラグビー学校の小英人トム、ブラウンが、『幼童を虐げず、巨童に背を示さヾりし男児なりとの名を伝へん』との希望を嗤ふべしと雖、焉ぞ知らん、此希望こそ即ち一隅の首石にして、此れが上に道義の大厦高楼を築くを得るものに非すや。而も借問せん、世界宗教の中、最も醞藉好和なる宗教と雖、此少年トムの熱望を賛翼するものに非らざる無き乎と。トムの希望は、乃ち英国が其偉大なる国家を百代に建つるの基礎なり。而して武士道の由つて以て柱礎としたる所のものも、亦た此れと斉しきものあるを認むるに難からず。吾人はクエカー教徒の如く、攻守の何如を問はず、兵は凶器也とせんとも、尚且つレツシングに倣ひて、『徳は過より生ずるを知る』と云ふを得べし。

書き下し

人或は大人びて、彼の(一字不明)ラグビー学校の小英人トム・ブラウンが、『幼童を虐げず、巨童に背を示さざりし男児なりとの名を伝へん』との希望を嗤ふべしと雖も、焉ぞ知らん、此希望こそ即ち一隅の首石にして、此れが上に道義の大廈高楼を築くを得るものに非ずや。而も借問せん、世界宗教の中、最も醞藉好和なる宗教と雖も、此少年トムの熱望を賛翼するものに非らざる無き乎と。トムの希望は、乃ち英国が其偉大なる国家を百代に建つるの基礎なり。而して武士道の由つて以て柱礎としたる所のものも、亦た此れと斉しきものあるを認むるに難からず。吾人はクエカー教徒の如く、攻守の如何を問はず、兵は凶器なりとせんとも、なほ且つレッシングに倣ひて、『徳は過より生ずるを知る』と云ふを得べし。

現代語訳

人は大人ぶって、あのラグビー校の小さな英国人トム・ブラウンが、「小さい子をいじめず、大きい子に背を向けなかった男だという名を残したい」と願ったのを笑うかもしれない。だが、この願いこそが礎石の一つであって、その上に道義の大きな建物を築くことができるのだと、どうして知らないのか。さらに尋ねたい。世界の宗教のうち、もっとも温和で平和を好む宗教であっても、この少年トムの熱い願いを支持しないものがあるだろうか、と。トムの願いこそ、英国がその偉大な国家を長い代にわたって築いてきた基礎なのである。そして武士道が柱や礎としたものも、これと同じであることを認めるのは難しくない。われわれがクエーカー教徒のように、攻めるにせよ守るにせよ、戦いは凶器であるとしたとしても、なおレッシング(ドイツの劇作家・思想家)にならって、「われわれは徳がどんな過ちから生まれるかを知っている」と言うことができるだろう。

解説

トーマス・ヒューズの小説『トム・ブラウンの学校生活』は、十九世紀英国のパブリックスクールを舞台にした少年小説で、当時の英米の読者なら誰もが知っていました。新渡戸はその主人公の、小さい者をいじめず大きい者から逃げない男でありたいという素朴な願いを、武士道の礎と同じものだと言います。喧嘩や勇気の話を幼稚だと笑う人に向けて、道徳の大建築はまさにそこから建つのだと反論しているわけです。戦いそのものを悪とする平和主義のクエーカーは新渡戸自身が属した宗派であり、それでもレッシングを引いて、徳は過ちや争いの中から生まれると認めています。あなたは、弱い者をいじめず強い者に背を向けない、という単純な約束を今も守れていますか。

この章句が説くこと

勇弱者礎石トム・ブラウン平和

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