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武士道 / 原序・自国人として抗弁する

唯だ予の此等著名の文士に一日の長ある所は、氏等の畢竟辯護士たり、檢事たるに過ぎざるに反し、予は自國人として抗〓者の地位に在るを得ること是れなり。予屢ば思へらく若し子にして、諸氏に等しき語學の才能あらんには、更に雄辯明確なる言語を以て、日本を說明することを得べけんにと。されど他國語を借りて語る者は、只だ其意の達するを以て自から足れりとせずんばあるべからず。書中予の說明する所、皆其對比の例證を歐洲の歷史文學に藉るは。蓋し此れに由つて海外の讀者をして其知解に資すること、必や少からざるべきを以てなり。予の言の、宗教問題及び教役者に及ぶもの、縱令他の之を目して侮蔑嘲罵に陷るものなりとすることありとも、子は信ず、予の基督教に對する態度の之が爲に疑題となる勿らんことを。

新字:唯だ予の此等著名の文士に一日の長ある所は、氏等の畢竟弁護士たり、検事たるに過ぎざるに反し、予は自国人として抗〓者の地位に在るを得ること是れなり。予屡ば思へらく若し子にして、諸氏に等しき語学の才能あらんには、更に雄弁明確なる言語を以て、日本を説明することを得べけんにと。されど他国語を借りて語る者は、只だ其意の達するを以て自から足れりとせずんばあるべからず。書中予の説明する所、皆其対比の例証を欧洲の歴史文学に藉るは。蓋し此れに由つて海外の読者をして其知解に資すること、必や少からざるべきを以てなり。予の言の、宗教問題及び教役者に及ぶもの、縦令他の之を目して侮蔑嘲罵に陥るものなりとすることありとも、子は信ず、予の基督教に対する態度の之が為に疑題となる勿らんことを。

書き下し

唯だ予の此等著名の文士に一日の長ある所は、氏等の畢竟弁護士たり、検事たるに過ぎざるに反し、予は自国人として抗(弁)者の地位に在るを得ること是れなり。予しばしば思へらく、若し予にして、諸氏に等しき語学の才能あらんには、更に雄弁明確なる言語を以て、日本を説明することを得べけんにと。されど他国語を借りて語る者は、只だ其意の達するを以て自から足れりとせずんばあるべからず。書中予の説明する所、皆其対比の例証を欧州の歴史文学に藉るは、けだし此れに由つて海外の読者をして其知解に資すること、必ずや少からざるべきを以てなり。予の言の、宗教問題及び教役者に及ぶもの、たとひ他の之を目して侮蔑嘲罵に陥るものなりとすることありとも、予は信ず、予の基督教に対する態度の之が為に疑題となる勿らんことを。

現代語訳

ただ、私がこれらの著名な文筆家よりわずかに勝っている点があるとすれば、それは、彼らが結局は弁護士や検事にすぎないのに対し、私は自国の人間として、被告として自ら(弁)じる者の立場に立てることである。私はしばしば思った。もし私に彼らと同じほどの語学の才があったなら、もっと雄弁で明確な言葉で日本を説明できただろうに、と。しかし外国語を借りて語る者は、ただ意味が伝わればそれで満足としなければならない。本書で私が説明するところで、いつも比較の例をヨーロッパの歴史や文学から借りているのは、そうすることで海外の読者の理解を助けることが、きっと少なくないと考えるからである。私の言葉が宗教の問題や聖職者に及ぶところで、たとえ人がそれを侮蔑やあざけりに陥っていると見ることがあっても、私はそれによって私のキリスト教に対する態度が疑われることはないと信じている。

解説

新渡戸が本書の立ち位置を説明する原序の一節です。前段で小泉八雲やアーネスト・サトウ、チェンバレンといった日本を論じた西洋の文筆家の名を挙げ、彼らは外から日本を論じる弁護士や検事にすぎないが、自分は当事者として弁明できると言います。本書は日本人に向けてではなく、西洋の読者に向けて英語で書かれました。騎士道や聖書、ギリシア哲学を次々に引くのは、見知らぬ日本の道徳を、読者の知っている物差しで測ってもらうための工夫です。キリスト者でありながら宗教者への批判も辞さないと断っている点にも、本書の率直さが表れています。あなたは、自分の属する世界を外の人に説明するとき、相手の知っている言葉に置き換える努力をしていますか。

この章句が説くこと

弁明比較英語読者当事者

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