武士道 / 第十四章 婦人の教育と地位・ギゾーかスペンサーか
歐洲武士道の女性に及ぼしたる効果は、幾多哲學者に研究の資料を供し、ギソーは、封建制度と武士道とは、健全なる感化を普及したりと論ずるに反し、スペンサーは、武力社會に於けるや(封建社會は即ち武力社會に非ずして何ぞ)、婦人の地位は、自から劣等にして唯だ社會の實業的に進步するに從つて、發達するものなりと論ず。是れを我國に於て觀るに、二說、其孰れをか是とすべきや。ギゾーなる乎、スペンサーなる乎。乃ち之に答ふるに於て予は斷じて日ふ、二說共に正鵠を失せずと。我國の武人階級とは、殆ど二百萬の士族に限られたるものにして、其上には武家貴族の大名あり、宮庭貴族の公家あり。高貴安逸なる大名の輩は、唯だ僅に其名籍を武門に列するに過ぎず。
新字:欧洲武士道の女性に及ぼしたる効果は、幾多哲学者に研究の資料を供し、ギソーは、封建制度と武士道とは、健全なる感化を普及したりと論ずるに反し、スペンサーは、武力社会に於けるや(封建社会は即ち武力社会に非ずして何ぞ)、婦人の地位は、自から劣等にして唯だ社会の実業的に進歩するに従つて、発達するものなりと論ず。是れを我国に於て観るに、二説、其孰れをか是とすべきや。ギゾーなる乎、スペンサーなる乎。乃ち之に答ふるに於て予は断じて日ふ、二説共に正鵠を失せずと。我国の武人階級とは、殆ど二百万の士族に限られたるものにして、其上には武家貴族の大名あり、宮庭貴族の公家あり。高貴安逸なる大名の輩は、唯だ僅に其名籍を武門に列するに過ぎず。
書き下し
欧洲武士道の女性に及ぼしたる効果は、幾多哲学者に研究の資料を供し、ギゾーは、封建制度と武士道とは健全なる感化を普及したりと論ずるに反し、スペンサーは、武力社会に於けるや、封建社会は即ち武力社会に非ずして何ぞ、婦人の地位はおのづから劣等にして、ただ社会の実業的に進歩するに従つて発達するものなりと論ず。是れを我国に於て観るに、二説、其いづれをか是とすべきや。ギゾーなるか、スペンサーなるか。乃ち之に答ふるに於て、予は断じて曰ふ、二説共に正鵠を失せずと。我国の武人階級とは、殆ど二百万の士族に限られたるものにして、其上には武家貴族の大名あり、宮庭貴族の公家あり。高貴安逸なる大名の輩は、ただわずかに其名籍を武門に列するに過ぎず。
現代語訳
ヨーロッパの騎士道が女性に及ぼした影響は、多くの哲学者に研究の材料を提供しました。ギゾーは、封建制度と騎士道は健全な感化を広めたと論じるのに対し、スペンサーは、武力社会においては、封建社会こそ武力社会でなくて何でしょうが、婦人の地位はおのずと劣ったものであり、ただ社会が実業的に進歩するにつれて発達するものだ、と論じます。これをわが国について見ると、二つの説のどちらを正しいとすべきでしょうか。ギゾーか、スペンサーか。これに答えて私は断言します。二つの説はともに的を外していません。わが国の武人階級とは、ほぼ二百万の士族に限られたもので、その上には武家貴族の大名があり、宮廷貴族の公家があります。高貴で安逸な大名たちは、わずかに名前だけを武門に連ねているにすぎません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「古の賢王は善を好みて勢いを忘る。古の賢士、何ぞ獨り然らざらん。其の道を樂しみて、人の勢いを忘る。故に王公も敬を致し禮を盡くさずんば、則ち亟々之を見るを得ず。見ることすら且つ猶ほ亟々するを得ず、而るを況んや得て之を臣とするをや。」
-
『後世への最大遺物』第二回・天才も位地もないときは昨晩は後世へわれわれが遺して逝くべきものについて、まず第一に金のことの話をいたし、その次に事業のお話をいたしました。ところで金を溜める天才もなし、またそれを使う天才もなし、かつまた事業の天才もなし、また事業をなすための社会の位地もないときには、われわれがこの世において何をいたしたらよろしかろうか。事業をなすにはわれわれに神から受けた特別の天才が要るばかりでなく、また社会上の位地が要る。われわれはあるときは、かの人は天才があるのに何故なんにもしないでいるかといって人を責めますけれども、それはたびたび起る酷な責め方だと思います。人は位地を得ますと、ずいぶんつまらない者でも大事業をいたすものであります。
-
『正法眼蔵随聞記』巻三一日示して云く、宋土の海門禅師、天童の長老たりし時、会下に元首座と云僧ありき、この人は得法悟道の人にて、行持長老にも超たり、有時夜る方丈に参じて、焼香礼拝して云く、請すらくは某甲に後堂首座を許せと、時に禅師流涕して云く、我れ小僧たりし時より、未た此の如きの事を聞かず、汝坐禅僧として首座長老を所望すること大ひなる錯なり、なんぢ既に悟道せること我れにも越いたり、然あるに首座を望むこと是れ昇進の為か、許すことは前堂をも乃至長老をも許すべし、その心操卑劣なり、誠に是を以て余の未悟の僧は推察せられたり、仏法の衰微せること是を以て知ぬべしと云ふて、流涕悲泣す、
-
孫子・形篇故に戦いを善くする者は、不敗の地に立ち、敵の敗を失わず。
-
『韓非子』難勢第四十堯も匹夫為らば、三人を治むること能わじ、而して桀天子為れば、能く天下を亂る。吾此を以て勢位の恃むに足り、而して賢智の慕うに足らざるを知るなり。
-
牧民忠告・閑居進みては則ち安居して以て其の志を行い、退きては則ち安居して以て其の未だ能わざる所を修む。則ち是れ進むも亦た為す有り、退くも亦た為す有るなり。近世の士大夫は、惟だ進むに狃(な)れ、退けば則ち昏然(こんぜん)として猷為(ゆうい)する所無く、甚だしきは愧(は)じを茹(くら)い慚(はじ)を懐(いだ)き、蹙縮(しゅくしゅく)して敢えて一たびも戸を出でず。夫れ軒冤(けんえん)は、古人以て儻來(とうらい)の物と為すなり。其の有るも何の加うる所ぞ、其の無きも何の損する所ぞ。良貴(りょうき)の我に在るを思わず、惟だ物に仮(か)りて以て重軽と為さば、則ち其の人品の卑下なること、論ぜざれども知るべし。