武士道 / 第七章 至誠信實・独逸商人は二十年で正直を解した
此母無くんば、誠實は貴族的の孤兒にして、唯だ教育高く、禮文秀でたる心念のみの、之を養ふて子とするを得べきものたり。斯る心念は武士の普く有したる所なりき。されど平民的實利的なる乳母の無かりしより此の可憐の嬰兒は發育を遂ぐること能はざりき。商工業にして進步せば、誠實は之を守るに容易に、而も亦た有利なる道德たるべし。試みに思へビスマークが、獨逸帝國の領事に訓示して、『就中、獨逸船積の物資が、其品質、數量兩がら、著しく信用を缺くは悲しむべし』と戒筋したるは、近く千八百八十年十一月にあらずや。然るに現時に至りては、商業上、獨逸人の不注意、不信用なる事實を耳にすること稀少となれり。されば獨逸商人は、僅かに二十年の間に於て、早く旣に正直は利潤の道なることを解したるものなり。
新字:此母無くんば、誠実は貴族的の孤児にして、唯だ教育高く、礼文秀でたる心念のみの、之を養ふて子とするを得べきものたり。斯る心念は武士の普く有したる所なりき。されど平民的実利的なる乳母の無かりしより此の可憐の嬰児は発育を遂ぐること能はざりき。商工業にして進歩せば、誠実は之を守るに容易に、而も亦た有利なる道徳たるべし。試みに思へビスマークが、独逸帝国の領事に訓示して、『就中、独逸船積の物資が、其品質、数量両がら、著しく信用を欠くは悲しむべし』と戒筋したるは、近く千八百八十年十一月にあらずや。然るに現時に至りては、商業上、独逸人の不注意、不信用なる事実を耳にすること稀少となれり。されば独逸商人は、僅かに二十年の間に於て、早く旣に正直は利潤の道なることを解したるものなり。
書き下し
此母無くんば、誠実は貴族的の孤児にして、ただ教育高く、礼文秀でたる心念のみの、之を養ふて子とするを得べきものたり。かかる心念は武士の普く有したる所なりき。されど平民的実利的なる乳母の無かりしより、此の可憐の嬰児は発育を遂ぐること能はざりき。商工業にして進歩せば、誠実は之を守るに容易に、而も亦た有利なる道徳たるべし。試みに思へ、ビスマルクが独逸帝国の領事に訓示して、『就中、独逸船積の物資が、其品質、数量ふたつながら、著しく信用を欠くは悲しむべし』と戒飭したるは、近く千八百八十年十一月にあらずや。然るに現時に至りては、商業上、独逸人の不注意、不信用なる事実を耳にすること稀少となれり。されば独逸商人は、わずかに二十年の間に於て、早く既に正直は利潤の道なることを解したるものなり。
現代語訳
この母がなければ、誠実は貴族的な孤児であって、ただ教育が高く礼儀に優れた心だけが、これを養い子とすることができるものです。そういう心は武士が広く持っていたところでした。しかし庶民的で実利的な乳母がなかったので、この憐れな赤子は育ちきることができませんでした。商工業が進歩すれば、誠実はこれを守るのが容易で、しかも有利な道徳になるはずです。試みに考えてみてください。ビスマルクがドイツ帝国の領事に訓示して、とりわけドイツ船積みの物資が、品質も数量もともに著しく信用を欠くのは悲しむべきだ、と戒めたのは、つい先ごろの一八八〇年十一月ではありませんか。ところが今では、商業上、ドイツ人が不注意で信用がないという事実を耳にすることは稀になりました。ですからドイツ商人はわずか二十年の間に、すでに正直が利潤の道であることを理解したのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「言に實無きは不祥なり。不祥の實は、賢を蔽う者之に當る。」 <解説> この節は分かりにくい。朱注に云う、「或いは曰く、天下の言實に不祥なる者有る無し、惟れ賢を蔽い不祥の實を為すと、或いは曰く、言にして實無き者は不祥なり、故に賢を蔽い不祥の實を為す、二説同じからず、未だ孰れが是なるか知らず、疑うらくは或いは闕文有らん。」私は後説を採用し、かなり強引な解釈をした。やはり朱子の言うように闕分が有るのだろうか。
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尚書・周官德を作せば心逸んじて日々休く、偽を作せば心勞して日々拙し。
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論語・為政篇子曰く、詩三百、一言以て之を蔽えば、曰く、思い邪(よこしま)無しと。
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「下位に居りて、上に獲られざれば、民得て治む可からざるなり。上に獲らるるに道有り。友に信ぜられずんば、上に獲られず。友に信ぜらるるに道有り。親に事えて悅ばれずんば、友に信ぜられず。親に悅ばるるに道有り。身に反して誠ならずんば、親に悅ばれず。身を誠にするに道有り。善に明らかならずんば、其の身に誠ならず。是の故に誠は、天の道なり。誠を思うは、人の道なり。至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり。誠ならずして、未だ能く動かす者有らざるなり。」
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