武士道 / 第七章 至誠信實・道義は同業者の間に止まる
されど商業にもあれ其他何の職業にもあれ、凡そ人の常に執る所の業を見るに之を行ふに當り各一種の道德法を有せざる無きは、復た論を待たず。封建時代に於ける日本の商賈と雖、亦た其間に自から道德の存するものありて之れが爲に、組合、兩替取引保険、手形、爲替等の商業の根本制度すら、其發達を成すを得たりしなり。然るに此道義は單に、同業者の間に止まり、職業を異にする者に對しては、自家の階級の受くる汚名に甘んずるの態度を有したり。斯の如くなりしを以て、一朝我國の海外諸國と通商するに至りてや、冐險果敢の徒のみ、先づ開港塲に突進し、而して信用ある商家は、政府より、屢ば支店の設置を促されたるも、尙ほ姑く之を否みたり。是に於て乎、人或は問はん、武士道は、商業上に於ける不名譽の逆流を支ふるに足るの力無かりしもの乎と。
新字:されど商業にもあれ其他何の職業にもあれ、凡そ人の常に執る所の業を見るに之を行ふに当り各一種の道徳法を有せざる無きは、復た論を待たず。封建時代に於ける日本の商賈と雖、亦た其間に自から道徳の存するものありて之れが為に、組合、両替取引保険、手形、為替等の商業の根本制度すら、其発達を成すを得たりしなり。然るに此道義は単に、同業者の間に止まり、職業を異にする者に対しては、自家の階級の受くる汚名に甘んずるの態度を有したり。斯の如くなりしを以て、一朝我国の海外諸国と通商するに至りてや、冐険果敢の徒のみ、先づ開港塲に突進し、而して信用ある商家は、政府より、屢ば支店の設置を促されたるも、尚ほ姑く之を否みたり。是に於て乎、人或は問はん、武士道は、商業上に於ける不名誉の逆流を支ふるに足るの力無かりしもの乎と。
書き下し
されど商業にもあれ、其他何の職業にもあれ、凡そ人の常に執る所の業を見るに、之を行ふに当り、各一種の道徳法を有せざる無きは、復た論を待たず。封建時代に於ける日本の商賈と雖、亦た其間に自から道徳の存するものありて、之れが為に、組合、両替、取引、保険、手形、為替等の商業の根本制度すら、其発達を成すを得たりしなり。然るに此道義は単に同業者の間に止まり、職業を異にする者に対しては、自家の階級の受くる汚名に甘んずるの態度を有したり。かくの如くなりしを以て、一朝、我国の海外諸国と通商するに至りてや、冒険果敢の徒のみ、先づ開港場に突進し、而して信用ある商家は、政府よりしばしば支店の設置を促されたるも、なおしばらく之を否みたり。是に於てか、人或は問はん、武士道は、商業上に於ける不名誉の逆流を支ふるに足るの力無かりしものかと。
現代語訳
しかし商業であれ他のどんな職業であれ、およそ人が常に従事する仕事を見れば、それを行うにあたってそれぞれ一種の道徳を持たないものはない、というのは論を待ちません。封建時代の日本の商人にも、その間におのずから道徳が存在し、そのおかげで、組合、両替、取引、保険、手形、為替といった商業の根本的な制度すら発達を遂げることができました。ところがこの道義は単に同業者の間にとどまり、職業を異にする者に対しては、自分の階級が受ける汚名に甘んじる態度を取りました。そうであったため、いったんわが国が海外諸国と通商するようになると、冒険的で大胆な者ばかりがまず開港場へ突進し、信用のある商家は政府からたびたび支店の設置を促されても、なおしばらくそれを断りました。ここで人はこう問うかもしれません。武士道には商業上の不名誉という逆流を支えるだけの力がなかったのか、と。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
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『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「知に人より賢れる有らば、則ち知と謂う可きか」と。子墨子曰く、「愚の知に以て人より賢れる有るも、愚、豈に知と謂う可けんや」と。公孟子曰く、「三年の喪は、吾が父母を慕うを學ぶなり」と。子墨子曰く、「夫れ嬰兒子の知は、獨り父母を慕うのみ。父母、得可からざれば、然れども號びて止まず。此れ其の故は何ぞや。即ち愚の至りなり。然らば則ち儒者の知、豈に以て嬰兒子より賢れること有らんや」と。子墨子曰く、「儒者に問う、『何の故に樂を為すや』と」。