墨子 / 號令
士無過十里。居髙便所樹表,表三人守之,北至城者三表,與城上烽燧相望,晝則舉烽,夜則舉火。聞寇所從來,審知寇形必攻,論小城不自守通者,盡葆其老弱、粟米、畜産。遣卒者無過五十人,客至堞,去之,慎無厭建。者曹無過三百人,日暮出之,為幑幟空隊要塞之,人所往來者,令可迹者無下里三人,平而迹。各立其表,城上應之。出越陳表,遮坐郭門之外,内立其表,令卒之少居門内,令其少多無知可也。
新字:士無過十里。居高便所樹表,表三人守之,北至城者三表,与城上烽燧相望,昼則舉烽,夜則舉火。聞寇所従来,審知寇形必攻,論小城不自守通者,尽葆其老弱、粟米、畜産。遣卒者無過五十人,客至堞,去之,慎無厭建。者曹無過三百人,日暮出之,為幑幟空隊要塞之,人所往来者,令可迹者無下里三人,平而迹。各立其表,城上応之。出越陳表,遮坐郭門之外,内立其表,令卒之少居門内,令其少多無知可也。
書き下し
士は十里を過ぐる無し。髙く便なる所に居りて表を樹て、表は三人、之を守る。北のかた城に至る者は三表、城上の烽燧と相い望み、晝は則ち烽を舉げ、夜は則ち火を舉ぐ。寇の從りて來たる所を聞き、審らかに寇の形の必ず攻むるを知らば、小城の自ら守り通ずる能わざる者を論じ、盡く其の老弱・粟米・畜産を葆す。卒を遣わす者は五十人を過ぐる無し。客、堞に至らば、之を去り、慎んで厭建する無かれ。者の曹は三百人を過ぐる無し。日暮れて之を出だし、幑幟を為して空隊の要塞に之れ人の往來する所は、迹す可き者をして里に三人を下る無く、平らかにして迹せしむ。各おの其の表を立て、城上、之に應ず。出でて陳表を越え、郭門の外に遮坐し、内に其の表を立て、卒の少なきをして門内に居らしめ、其の少多をして知る無からしむるも可なり。
現代語訳
見張りは十里を超えない。高く見晴らしのよい所に印の柱を立て、柱は三人で守る。北から城に至るところには三本の柱を立て、城壁の上の烽火台と互いに見通し、昼は烽火を揚げ、夜は火を揚げる。敵がどこから来るかを聞き、敵の形勢から必ず攻めてくると分かれば、小さな城で自力では守り通せないものを見きわめ、その老人と子ども、穀物、家畜をすべて引き上げさせる。派遣する兵は五十人を超えない。敵が狭間に至ったらそこを離れ、慎んで無理に押さえようとしない。組は三百人を超えない。日が暮れてからそれを出し、印の旗を立て、手薄な要所で人が行き来するところには、足跡を追える者を一里に三人を下らないように置き、地面をならして足跡を追わせる。それぞれ印の柱を立て、城壁の上がそれに応じる。出て陣の柱を越え、外郭の門の外に遮って座り、内側に柱を立て、少人数の兵を門の内に置き、その人数の多い少ないを敵に知らせないようにしてよい。
解説
この章句が説くこと
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孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
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『墨子』尚同下子墨子言いて曰く、「知者の事は、必ず國家百姓の治まる所以の者を計りて之を為し、必ず國家百姓の亂るる所以の者を計りて之を辟く。然らば國家百姓の治まる所以の者を計るに何ぞや。上の政を為すや、下の情を得れば則ち治まり、下の情を得ざれば則ち亂る。何を以て其の然るを知るや。上の政を為すや、下の情を得れば、則ち是れ民の善非に明らかなり。茍くも民の善非に明らかなるが若くんば、則ち善人を得て之を賞し、暴人を得て之を罰するなり。善人賞せられて暴人罰せらるれば、則ち國必ず治まる。上の政を為すや、下の情を得ざれば、則ち是れ民の善非に明らかならず。若し茍くも民の善非に明らかならずんば、則ち是れ善人を得て之を賞せず、暴人を得て之を罰せず。善人賞せられずして暴人罰せられず、政を為すこと此くの若くんば、國衆必ず亂る。故に賞は下の情を得ざれば、而ち察せざる可からざる者なり」と。
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『墨子』號令守樓は質宫に臨みて善く周し、必ず宻に樓を塗り、下をして上を見る無く、上は下を見、下は上に人有ると人無きとを知る無からしむ。守の親しく舉ぐる所の吏の貞亷忠信にして害無く事に任ず可き者は、其の飲食酒肉、禁ずる勿かれ。錢金・布帛・財物は各おの自ら之を守り、慎んで相い盜む勿かれ。葆宫の牆は必ず三重、牆の垣、守る者、皆な瓦釜を牆上に累ぬ。門に吏有り、門里を主る者、筦閉には必ず太守の節を須つ。葆衛には必ず戍卒の重厚なる者を取り、吏の忠信なる者、害無く事に任ず可き者を擇ぶを請う。将衛をして自ら十尺の垣を築き、周く牆を還らしむ。門・閨なる者は、令衛の司馬門に非ず。氣を望む者の舍は必ず太守に近くし、巫の舍は必ず公社に近くし、必ず之を敬神す。巫・祝・史と氣を望む者とは、必ず善言を以て民に告げ、請を以て守上に報じ、守、獨り其の請を知るのみ。氣を望むに與らずして妄りに不善の言を為して民を驚恐せしむれば、斷じて赦す勿かれ。
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