墨子 / 迎敵祠
素神長九尺者九,弩九,九發而止。将服必白,其牲以羊。敵以北方來,迎之北壇,壇髙六尺,堂密六。年六十者六人主祭黑旗。黑神長六尺者六,弩六,六發而止。将服必黑,其牲以彘。從外宅諸名大祠,靈巫或禱焉,給禱牲。
新字:素神長九尺者九,弩九,九発而止。将服必白,其牲以羊。敵以北方来,迎之北壇,壇高六尺,堂密六。年六十者六人主祭黒旗。黒神長六尺者六,弩六,六発而止。将服必黒,其牲以彘。従外宅諸名大祠,霊巫或禱焉,給禱牲。
書き下し
素神の長さ九尺なる者九、弩九、九たび發して止む。将の服は必ず白、其の牲は羊を以てす。敵、北方を以て來たらば、之を北壇に迎う。壇の髙さ六尺、堂密六。年六十なる者六人、黑旗を主祭す。黑神の長さ六尺なる者六、弩六、六たび發して止む。将の服は必ず黑、其の牲は彘を以てす。外宅より諸そ名だたる大祠、靈巫、或いは焉に禱らば、禱牲を給す。
現代語訳
白い神像は長さ九尺のものを九体、弩は九張、九回射て止める。将の服は必ず白、犠牲は羊を用いる。敵が北の方角から来たら、北に壇を築いて迎える。壇の高さは六尺、堂の間口は六。六十歳の者六人が、黒い旗を主として祭る。黒い神像は長さ六尺のものを六体、弩は六張、六回射て止める。将の服は必ず黒、犠牲は豚を用いる。城外の家々から名の知れた大きな祠まで、巫女が祈るところには、供える犠牲を支給する。
解説
四方の儀礼がこれで揃います。東は青八、南は赤七、西は白九、北は黒六。最後に、城内外の祠で祈る巫女に犠牲を支給せよとあります。祈りの場を国が支えるということで、儀礼が個人の信心ではなく公の制度として運用されていたことが分かります。籠城中の人の心を保つ装置も、備えの一部だった。物と人と心の三つが、同じ文書の中に並んでいます。
この章句が説くこと
儀礼方角支給制度祈り
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