墨子 / 耕柱
巫馬子謂子墨子曰:「鬼神孰與聖人明智?」子墨子曰:「鬼神之眀智於聖人,猶聰耳眀目之與聾瞽也。昔者夏后開使蜚亷折金於山川,而陶鑄之於昆吾,是使翁難雉乙卜於白若之曰:『鼎成三足而方,不炊而自不舉而自藏,不遷而自行,以祭於昆吾之墟上乙又言兆之由曰:『饗矣!逢逢白雲,一南一北,一西一東,九鼎既成,遷於三國。』夏后氏失之,殷人受之。殷人失之,周人受之。夏后、殷、周之相受也,數百嵗矣。使聖人聚其良臣與其桀相而鑒豈能知數百嵗之後哉?而鬼神知之。是故曰:鬼神之眀智於聖人也,猶聰耳眀目之與聾瞽也。」
新字:巫馬子謂子墨子曰:「鬼神孰与聖人明智?」子墨子曰:「鬼神之明智於聖人,猶聰耳明目之与聾瞽也。昔者夏后開使蜚亷折金於山川,而陶鋳之於昆吾,是使翁難雉乙卜於白若之曰:『鼎成三足而方,不炊而自不舉而自蔵,不遷而自行,以祭於昆吾之墟上乙又言兆之由曰:『饗矣!逢逢白雲,一南一北,一西一東,九鼎既成,遷於三国。』夏后氏失之,殷人受之。殷人失之,周人受之。夏后、殷、周之相受也,数百歳矣。使聖人聚其良臣与其桀相而鑒豈能知数百歳之後哉?而鬼神知之。是故曰:鬼神之明智於聖人也,猶聰耳明目之与聾瞽也。」
書き下し
巫馬子、子墨子に謂いて曰く、「鬼神と聖人と孰れか眀智なる」と。子墨子曰く、「鬼神の聖人より眀智なるは、猶お聰き耳、眀らかなる目の聾瞽に於けるがごときなり。昔者、夏后開、蜚亷をして金を山川に折らしめ、之を昆吾に陶鑄せしむ。是に翁難雉乙をして白若に卜せしめて曰く、『鼎、成りて三足にして方に、炊がずして自ら、舉げずして自ら藏まり、遷さずして自ら行き、以て昆吾の墟上に祭る』と。乙、又た兆の由を言いて曰く、『饗けよ。逢逢たる白雲、一は南し一は北し、一は西し一は東す。九鼎既に成り、三國に遷らん』と。夏后氏、之を失い、殷人、之を受く。殷人、之を失い、周人、之を受く。夏后・殷・周の相い受くるや、數百嵗なり。聖人をして其の良臣と其の桀相とを聚めて鑒せしむとも、豈に能く數百嵗の後を知らんや。而るに鬼神は之を知る。是の故に曰く、鬼神の聖人より眀智なるは、猶お聰き耳、眀らかなる目の聾瞽に於けるがごときなり」と。
現代語訳
巫馬子が墨子に言った。「鬼神と聖人とでは、どちらが明らかで賢いのですか」。墨子が言った。「鬼神が聖人より明らかで賢いのは、よく聞こえる耳と見える目が、耳の聞こえない者や目の見えない者に対するようなものだ。むかし夏の啓が蜚廉に山川から金属を採らせ、昆吾でこれを鋳させた。そこで翁難雉乙に占わせるとこう出た。『鼎は三本足で四角く成り、炊かずとも自ずから、持ち上げずとも自ずから収まり、動かさずとも自ずから行き、昆吾の丘の上で祭られる』。乙はさらに兆しの意味を言った。『受けよ。ゆらめく白い雲が、南へ北へ、西へ東へ。九つの鼎が成って、三つの国に移るだろう』。夏后氏はこれを失い、殷人が受け継いだ。殷人はこれを失い、周人が受け継いだ。夏と殷と周が受け継ぐまでには数百年がある。聖人が良い臣も悪い宰相もみな集めて見きわめさせても、どうして数百年先を知ることができよう。ところが鬼神はそれを知っていた。だから言うのだ。鬼神が聖人より明らかで賢いのは、よく聞こえる耳と見える目が、聞こえない者や見えない者に対するようなものだ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚同下天子、其の知力を以て未だ獨り天下を治むるに足らずと為す。是を以て其の次を選擇し、立てて三公と為す。三公も又た其の知力を以て未だ獨り天子を左右するに足らずと為す。是を以て國を分かちて諸侯を建つ。諸侯も又た其の知力を以て未だ獨り其の四境の内を治むるに足らずと為す。是を以て其の次を選擇し、立てて卿の宰と為す。卿の宰も又た其の知力を以て未だ獨り其の君を左右するに足らずと為す。是を以て其の次を選擇し、立てて鄉長家君と為す。是の故に古者、天子の三公・諸侯・卿の宰・鄉長家君を立つるは、特に富貴游佚にして之を擇ぶに非ざるなり。將に亂を治め刑政するを助けしめんとするなり。故に古者、國を建て都を設け、乃ち后王君公を立て、奉ずるに卿士師長を以てするは、此れ説を用いんと欲するに非ず。唯だ辯じて天民を治むるを助けしむるなり。
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論語・雍也篇冉求曰く、「子の道を説ばざるに非ず、力足らざるなり。」子曰く、「力足らざる者は、中道にして廃す。今女は画れり。」
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『墨子』魯問魯の南鄙の人に吳慮なる者有り。冬は陶し夏は耕して、自ら舜に比す。子墨子、聞きて之に見ゆ。吳慮、子墨子に謂う、「義のみ、義のみ。焉んぞ之を言うを用いんや」と。子墨子曰く、「子の所謂る義なる者は、亦た力有りて以て人を勞し、財有りて以て人に分かつか」と。吳慮曰く、「有り」と。子墨子曰く、「翟、嘗て之を計れり。翟、耕して天下の人に食わしめんことを慮る。盛んにして、然る後に一農の耕に當たる。諸を天下に分かたば、人ごとに一升の粟をも得る能わず。藉りて以て一升の粟を得と為すも、其の天下の饑を飽かしむる能わざるは、既に睹る可し。
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荀子・賦篇皇天(こうてん)物を隆(くだ)し、以て下民に示し施す、或いは厚く或いは薄く、常に齊均(せいきん)ならず。桀紂(けつちゅう)は以て亂れ、湯武(とうぶ)は以て賢なり。涽涽(こんこん)たり淑淑(しゅくしゅく)たり、皇皇(こうこう)たり穆穆(ぼくぼく)たり。四海に周流(しゅうりゅう)して、曾(すなわ)ち日を崇(お)えず。君子は以て脩め、跖(せき)は以て室を穿(うが)つ。大なること天に參(さん)じ、精微(せいび)にして形無く、義を行いて以て正しく、事業以て成る。以て暴(ぼう)を禁じ窮(きゅう)を足(た)らしむ可く、百姓(ひゃくせい)之を待ちて而(しか)る後に泰寧(たいねい)なり。臣愚にして識らず、願わくは其の名を問わん。曰く、此れ夫(か)の寬平(かんぺい)に安んじて險隘(けんあい)を危(あや)ぶむ者か。脩潔(しゅうけつ)を之れ親しみて、雜汙(ざつお)を之れ狄(しりぞ)くる者か。甚だ深く藏(かく)れて外は敵に勝つ者か。禹舜(うしゅん)に法(のっと)りて能く跡(あと)を弇(おお)う者か。行(こう)の動靜(どうせい)、之を待ちて而(しか)る後に適(かな)う者か。血氣の精(せい)なり、志意の榮(えい)なり、百姓之を待ちて而る後に寧(やす)く、天下之を待ちて而る後に平らかなり、明達純粹(めいたつじゅんすい)にして疵(きず)無し。夫(そ)れ是れを之れ君子の知(ち)と謂う。知なり。
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論語・雍也篇樊遅、知を問う。子曰く、民の義を務め、鬼神を敬して之を遠ざく、知と謂う可し。仁を問う。曰く、仁者は難きを先にして獲るを後にす、仁と謂う可し。
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論語・八佾篇或るひと禘を問う。子曰く、『知らざるなり。その説を知る者の天下に於けるや、其れ諸を斯に示すが如きか。』と掌を指す。