墨子 / 經說下
智,智狗重智犬,則過,不重則不過。通,問者曰:「子智□乎?」應之曰:「□何謂也?」彼曰:「□施。」則智之。若不問□何謂,徑應以弗智,則過。且應必應問之時,若應長,應有深淺天常中。在兵人長。所,室堂,所存也;其子,存者也。據在者而問室堂,惡可存也?主室堂而問存者,孰存也?是一主存者以問所存,一主所存以問存者。五,合水土火,火離然。火鑠金,火多也;金靡炭,金多也。合之府木,木離木。若識麋與魚之數,惟所利。
新字:智,智狗重智犬,則過,不重則不過。通,問者曰:「子智□乎?」応之曰:「□何謂也?」彼曰:「□施。」則智之。若不問□何謂,径応以弗智,則過。且応必応問之時,若応長,応有深浅天常中。在兵人長。所,室堂,所存也;其子,存者也。拠在者而問室堂,悪可存也?主室堂而問存者,孰存也?是一主存者以問所存,一主所存以問存者。五,合水土火,火離然。火鑠金,火多也;金靡炭,金多也。合之府木,木離木。若識麋与魚之数,惟所利。
書き下し
智。狗を智りて重ねて犬を智るは、則ち過ちなり。重ねざれば則ち過たず。通。問う者曰く、「子、□を智るか」と。之に應じて曰く、「□とは何の謂ぞや」と。彼曰く、「□は施なり」と。則ち之を智る。若し□とは何の謂ぞやと問わずして、徑ちに應ずるに智らずを以てせば、則ち過ちなり。且つ應ずるは必ず問うの時に應ず。長きに應ずるが若く、應に深淺有るべし。天は常に中す。兵に在り、人長し。所。室堂は、存する所なり。其の子は、存する者なり。在る者に據りて室堂を問わば、惡くにか存す可けんや。室堂を主として存する者を問わば、孰れか存するや。是れ一は存する者を主として以て存する所を問い、一は存する所を主として以て存する者を問うなり。五。水土火を合すれば、火、離れて然ゆ。火、金を鑠かすは、火多ければなり。金、炭を靡かすは、金多ければなり。之を府木に合すれば、木、木を離る。麋と魚との數を識るが若し、惟だ利する所なり。
現代語訳
知ることについて。狗を知っていて重ねて犬を知るとするのは誤りである。重ねなければ誤りではない。通じることについて。問う者が言う。「あなたは□を知っているか」。これに答えて言う。「□とは何のことですか」。相手が言う。「□とは施のことだ」。それで分かる。もし□とは何かと問わずに、いきなり知らないと答えるなら、それは誤りである。答えるのは必ず問われたその時に答えるのであり、長さに応じるように、答えにも深い浅いがある。天は常に中にある。兵にあって、人は長い。所について。部屋や堂は、存在する場所である。その子は、存在するものである。存在するものに基づいて部屋や堂を問えば、どこに存在するのかとなる。部屋や堂を主として存在するものを問えば、誰が存在するのかとなる。一方は存在するものを主として場所を問い、一方は場所を主として存在するものを問うのである。五について。水と土と火を合わせれば、火は離れて燃える。火が金属を溶かすのは、火が多いからである。金属が炭を押しのけるのは、金属が多いからである。これを木に合わせれば、木は木から離れる。麋と魚の数を知るようなもので、ただ役に立つところによる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』經說下指す有り。子、是を智り、是れ吾が先に舉ぐる所を智る有るは、重なり。則ち子、是を智れども、吾が先に舉ぐる所を智らざるは、是れ一なり。智る有り、智らざる有りと謂うなり。若し之を智らば、則ち當に之を指して智るを我に告ぐべし。則ち我れ之を智る。兼ねて之を指すは二を以てなり。衡して之を指すは、參えて之を直くするなり。若し曰く、必ず獨り吾が舉ぐる所を指し、吾が舉げざる所を舉ぐること毋かれと。則ち者は固より獨り指す能わず、相わんと欲する所、傳わらず。意うに若し未だ校せずして、且つ其の智る所は是なり、智らざる所も是なりとせば、則ち是れ是の智らざるを智るなり。惡くんぞ一と為すを得ん。謂いて智る有り、智らざる有るなり。所。智るなり、其の執、固より指す可からざるなり。逃臣は、其の處を智らず。狗犬は、其の名を智らざるなり。遺れたる者は、巧なるも兩つながらする能わざるなり。
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『墨子』經說下見ると見ざるとは離る。一と二とは相い盈たさず。廣と循と堅白となり。舉げて重からざるは箴と與にせず、力の任に非ざるなり。握る者の倍を為すは、智の任に非ざるなり。耳目の若し。異。木と夜と孰れか長き。智と粟と孰れか多き。爵と親と行と賈と、四者孰れか貴き。麋と霍と孰れか髙き。麋と霍と孰れか霍なる。虭と瑟と孰れか瑟なる。偏。倶に一にして變ずる無し。假。假は必ず非なり、而る後に假なり。狗の霍を假るは、猶お霍を氏とするがごときなり。物。或いは之を傷るは、然るなり。之を見るは、智なり。之を吉するは、智らしむるなり。疑。蓬、務を為せば則ち士なり。牛廬を為る者、夏、寒きは、蓬なり。之を舉ぐれば則ち輕く、之を廢すれば則ち重きは、力有るに非ざるなり。沛、削に従うは、巧に非ざるなり。石と羽との若きは、楯なり。鬬う者の敝るるや、飲酒を以てす。曰中を以てするが若し。是れ智る可からざるなり、愚なり。智なるか、已を以て然りと為すか。愚なり。
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『墨子』經說下無。欲惡は生を傷り夀を損ず。説くに少きを以てす。是に連なる、誰か愛するや。嘗て粟多くして、或る者、有らざらんことを欲するは、能く傷るればなり。酒の人に於けるが若きなり。且つ人、人を利するは、愛なり。則ち惟だ治めざるのみ。損。飽く者は餘りを去る。適だ足れば害あらず、能く飽くを害す。麋の脾無きを傷るが若し。且つ損有りて而る後に益あり。智なる者は、病の之れに於けるが若し。智。目を以て見る。而して目は火を以て見る。而して火は見ず。惟だ五路を以て智る。久は當に目を以て見るべからず。智。火を見て火熱しと謂うは、火の熱きを以て我れに有るに非ず。曰を視るが若し。智。智る所と智らざる所とを雜えて之を問わば、則ち必ず曰わん、「是れ智る所なり、是れ智らざる所なり」と。取ると去るとを倶に之を能くするは、是れ兩つながら之を智るなり。
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『墨子』經下知りて之を知り、之を否とするは、用うるに足るなり。諄は、説は以て無きに在り。其の數を知らずして其の盡くるを知るは、説は眀者に在り。辯に勝つこと無しと謂うは、必ず當たらず。説は辯に在り。其の處る所を知らざるも、之を愛するを害せず。説は子を䘮う者に在り。讓らざる無きは不可なり、説は始に在り。仁義の外内為るや、内は説は仵顔に在り。一に於いて知る有り、知らざる有るは、説は存に在り。學の益あるは、説は誹る者に在り。二を指す有りて逃る可からざるは、説は二を以て絫ぬるに在り。之を誹るの可否は、衆寡を以てせず、説は非とす可きに在り。知りて指す能わざるは、説は春と逃臣と狗犬と貴者とに在り。誹る者を非とするは諄なり、説は非とせざるに在り。狗を知りて自ら犬を知らずと謂うは、過ちなり。説は重に在り。物、箕なるも甚しからず、説は是くの若きに在り。意を通じて後に對うるは、説は其の誰を謂うかを知らざるに在り。下を取りて以て上を求むるは、説は澤に在り。是と是とは同じ、説は州せざるに在り。
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『墨子』經下物の然る所以と、之を知る所以と、人をして之を知らしむる所以とは、必ずしも同じからず。説は病に在り。無は必ずしも有を待たず、説は謂う所に在り。疑は、説は逢・循・遇・過に在り。慮を擢けば疑わず、説は有無に在り。合と一と、或いは復た否なるは、説は拒に在り。且に然らんとするも、正す可からず。而れども工を用うるを害せず、説は宜に在り。物を歐るは一體なり、説は倶に一なるは惟れ是なるに在り。之を均しくして絶えざるは、説は均しくする所に在り。宇は或いは従う、説は長宇と久とに在り。堯の義は、今に生じて古に處り、而も時を異にす。説は義とする所に在り。二つながら鑑に臨みて立てば、景、到まにして多くして少なきが若し。説は寡區に在り。狗は犬なり。而れども狗を殺すは犬を殺すに非ずとするは可なり、説は重に在り。鑑の位量、一は小にして易わり、一は大にして缶し。説は中の外内に在り。使い、殷んに美なり、説は使に在り。鑑の景、一なり。
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『墨子』經下止は、類以て人を行かしむ。説は同に在り。存する所と與にする者は、存すると孰れか存す。駟の異説、類を推すの難きは、説は之の大小に在り。五行に常に勝つもの母し、説は宜に在り。物、盡く名を同じくす。二と鬭、愛、食と招、白と視、麗と夫と履。一は、偏に之を棄つ。謂いて固より是なるは、説は因に在り。偏に去りて二とす可からざるは、説は見と俱、一と二、廣と循に在り。欲惡の益損を為すこと無きは、説は宜に在り。能わずして害あらざるは、説は害に在り。損じて害あらざるは、説は餘に在り。異類は吡べず、説は量に在り。知りて五路を以てせざるは、説は久に在り。偏に去るも少なきを加うる莫きは、説は故に在り。必ず熱きは、説は頓に在り。假は必ず誖る、説は然らざるに在り。其の知らざる所以を知るは、説は名を以て取るに在り。