墨子 / 經下
止,類以行人説在同。所存與者,於存與孰存。駟異説,推類之難,説在之大小。五行母常勝,説在宜。物盡同名,二與鬭,愛,食與招,白與視,麗與夫與履。一,偏棄之。謂而固是也,説在因。不可偏去而二,説在見與俱、一與二、廣與循無欲惡之為益損也,説在宜。不能而不害,説在害。損而不害,説在餘,異類不吡,説在量。知而不以五路,説在久。偏去莫加少,説在故。必熱,説在頓假必誖,説在不然。知其所以不知,説在以名取。
新字:止,類以行人説在同。所存与者,於存与孰存。駟異説,推類之難,説在之大小。五行母常勝,説在宜。物尽同名,二与闘,愛,食与招,白与視,麗与夫与履。一,偏棄之。謂而固是也,説在因。不可偏去而二,説在見与倶、一与二、広与循無欲悪之為益損也,説在宜。不能而不害,説在害。損而不害,説在余,異類不吡,説在量。知而不以五路,説在久。偏去莫加少,説在故。必熱,説在頓仮必誖,説在不然。知其所以不知,説在以名取。
書き下し
止は、類以て人を行かしむ。説は同に在り。存する所と與にする者は、存すると孰れか存す。駟の異説、類を推すの難きは、説は之の大小に在り。五行に常に勝つもの母し、説は宜に在り。物、盡く名を同じくす。二と鬭、愛、食と招、白と視、麗と夫と履。一は、偏に之を棄つ。謂いて固より是なるは、説は因に在り。偏に去りて二とす可からざるは、説は見と俱、一と二、廣と循に在り。欲惡の益損を為すこと無きは、説は宜に在り。能わずして害あらざるは、説は害に在り。損じて害あらざるは、説は餘に在り。異類は吡べず、説は量に在り。知りて五路を以てせざるは、説は久に在り。偏に去るも少なきを加うる莫きは、説は故に在り。必ず熱きは、説は頓に在り。假は必ず誖る、説は然らざるに在り。其の知らざる所以を知るは、説は名を以て取るに在り。
現代語訳
止は、類によって人を導く。その説明は「同」にある。存するものと共にあるものと、どちらが存するのか。四つの異なる説があり、類を推し広げることが難しいのは、その大小による。五行に常に勝つものはない。その説明は「宜」にある。物はすべて名を同じくする。二と闘、愛、食と招、白と視、麗と夫と履。一は、片方を棄てる。そう言ってもともと正しいのは、その説明が「因」にある。片方を取り去って二とすることができないのは、その説明が見と俱、一と二、広と循にある。好き嫌いが増減をもたらさないのは、その説明が「宜」にある。できなくても害がないのは、その説明が「害」にある。減っても害がないのは、その説明が「余」にある。異なる類は比べられない。その説明は「量」にある。知っていても五つの感覚によらないのは、その説明が「久」にある。片方を取り去っても少なくならないのは、その説明が「故」にある。必ず熱いのは、その説明が「頓」にある。仮定は必ず道理に反する。その説明は「そうでない」ことにある。知らないことをなぜ知らないかを知るのは、その説明が「名によって取る」ことにある。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』經說下止。彼は此を以て其れ然りと為し、是れ其れ然りと説く。我れは此を以て其れ然らずと為し、是れ其れ然るを疑う。四足の獸と、立つ鳥と物とを謂うは、盡くと大小となり。此れ然れば是れ必ず然りとせば、則ち倶に麋と為らん。同名。倶に鬬すれども、倶には二ならざるは、三と鬬となり。包・肝・肺・子は、愛なり。橘と茅とは、食と抬となり。白馬は白多く、馬を視るも視ること多からざるは、白と視となり。麗を為すも必ずしも麗ならざるは、麗と暴となり。非を為すも人を以て是とすれば、非を為さず。夫の勇を為すも、夫と為らざるが若し。屨を為るに買を以てす。衣、屨を為るは、夫と屨となり。二と一と亡ぶ。一と偏去と未とに與せず。文實有りて、而る後に之を謂う。文實無ければ、則ち謂う無きなり。敷と美とに若かず。是と謂わば、則ち是れ固より美なり。也と謂わば、則ち是れ美に非ず。謂う無ければ、則ち報ゆるなり。
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『墨子』經下而も撓まざるは、説は勝に在り。一法なる者の相い與するや、盡く方の相い召くが若し。説は方に在り。契と枝板とは、説は薄に在り。狂舉は以て異を知る可からず、説は不可なる有るに在り。牛馬の牛に非ざると、可なるの同じきとは、説は兼に在り。倚る者は正す可からず、説は剃に在り。此に循い此に循うと彼と此と同じきは、説は異に在り。之を推せば必ず往く、説は材を廢するに在り。唱と和と患いを同じくす、説は功に在り。買うに貴き無し、説は其の賈に仮るに在り。知らざる所を聞くこと、知る所の若くんば、則ち兩つながら之を知る。説は告ぐるに在り。賈、宜しければ則ち讐る、説は盡に在り。言を以て盡く誖ると為すは誖る、説は其の言に在り。説無くして懼るるは、説は心にせざるに在り。惟だ吾が謂うは名に非ずとせば則ち不可なり、説は仮に在り。或いは名を過つは、説は實に在り。無窮は兼を害せず、説は盈と否とに在り。
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『墨子』經下知りて之を知り、之を否とするは、用うるに足るなり。諄は、説は以て無きに在り。其の數を知らずして其の盡くるを知るは、説は眀者に在り。辯に勝つこと無しと謂うは、必ず當たらず。説は辯に在り。其の處る所を知らざるも、之を愛するを害せず。説は子を䘮う者に在り。讓らざる無きは不可なり、説は始に在り。仁義の外内為るや、内は説は仵顔に在り。一に於いて知る有り、知らざる有るは、説は存に在り。學の益あるは、説は誹る者に在り。二を指す有りて逃る可からざるは、説は二を以て絫ぬるに在り。之を誹るの可否は、衆寡を以てせず、説は非とす可きに在り。知りて指す能わざるは、説は春と逃臣と狗犬と貴者とに在り。誹る者を非とするは諄なり、説は非とせざるに在り。狗を知りて自ら犬を知らずと謂うは、過ちなり。説は重に在り。物、箕なるも甚しからず、説は是くの若きに在り。意を通じて後に對うるは、説は其の誰を謂うかを知らざるに在り。下を取りて以て上を求むるは、説は澤に在り。是と是とは同じ、説は州せざるに在り。
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『墨子』經說下見ると見ざるとは離る。一と二とは相い盈たさず。廣と循と堅白となり。舉げて重からざるは箴と與にせず、力の任に非ざるなり。握る者の倍を為すは、智の任に非ざるなり。耳目の若し。異。木と夜と孰れか長き。智と粟と孰れか多き。爵と親と行と賈と、四者孰れか貴き。麋と霍と孰れか髙き。麋と霍と孰れか霍なる。虭と瑟と孰れか瑟なる。偏。倶に一にして變ずる無し。假。假は必ず非なり、而る後に假なり。狗の霍を假るは、猶お霍を氏とするがごときなり。物。或いは之を傷るは、然るなり。之を見るは、智なり。之を吉するは、智らしむるなり。疑。蓬、務を為せば則ち士なり。牛廬を為る者、夏、寒きは、蓬なり。之を舉ぐれば則ち輕く、之を廢すれば則ち重きは、力有るに非ざるなり。沛、削に従うは、巧に非ざるなり。石と羽との若きは、楯なり。鬬う者の敝るるや、飲酒を以てす。曰中を以てするが若し。是れ智る可からざるなり、愚なり。智なるか、已を以て然りと為すか。愚なり。
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『墨子』經下堅白ならざるは、説は……に在り。荆の大なるも、其の沈むこと淺きは、説は具に在り。久と宇と無し。堅白は、説は因に在り。檻を以て博しと為すは、以て知る無しと為すに於いてなり。説は意に在り。諸の其の然る所に在りて未だ然らざる者は、説は是に於いて之を推すに在り。意は未だ知る可からず、説は用う可きと過仵とに在り。景は従わず、説は改め為すに在り。一は二より少なくして、五より多し。説は建住に在り。景、二なるは、説は重に在り。半に非ざれば則ち動かざるは、説は端に在り。景の到まなるは午に在り、端有りて景長し。説は端に在り。無かる可きも、之を有して去る可からざるは、説は嘗て然るに在り。景の迎うるを曰う、説は博に在り。缶して擔う可からざるは、説は博に在り。景の小大は、説は地の逺近に在り。宇に進むも近づく無きは、説は敷に在り。天にして必ず缶し、説は得に在り。行くに循いて以て久し、説は先後に在り。
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『墨子』經下物の然る所以と、之を知る所以と、人をして之を知らしむる所以とは、必ずしも同じからず。説は病に在り。無は必ずしも有を待たず、説は謂う所に在り。疑は、説は逢・循・遇・過に在り。慮を擢けば疑わず、説は有無に在り。合と一と、或いは復た否なるは、説は拒に在り。且に然らんとするも、正す可からず。而れども工を用うるを害せず、説は宜に在り。物を歐るは一體なり、説は倶に一なるは惟れ是なるに在り。之を均しくして絶えざるは、説は均しくする所に在り。宇は或いは従う、説は長宇と久とに在り。堯の義は、今に生じて古に處り、而も時を異にす。説は義とする所に在り。二つながら鑑に臨みて立てば、景、到まにして多くして少なきが若し。説は寡區に在り。狗は犬なり。而れども狗を殺すは犬を殺すに非ずとするは可なり、説は重に在り。鑑の位量、一は小にして易わり、一は大にして缶し。説は中の外内に在り。使い、殷んに美なり、説は使に在り。鑑の景、一なり。