墨子 / 經說下
鑒,鑒者近則所鑒大,景亦大;亦逺,所鑒小,景亦小,而必正。景過正故招。負,衡木加重焉而不撓,極勝重也。右校交繩,無加焉而撓,極不勝重也。衡加重於其一旁,必捶。權重相若也,相衡則本短標長,兩加焉,重相若,則標必下,標得權也。挈有力也,引無力也,不必,所挈之止於施也,繩制挈之也。若以錐刺之,挈長重者下,短輕者上。上者愈得,下下者愈亡。繩直權重相若,則心矣。收,上者愈䘮,下者愈得。上者權重盡,則遂挈。
新字:鑒,鑒者近則所鑒大,景亦大;亦遠,所鑒小,景亦小,而必正。景過正故招。負,衡木加重焉而不撓,極勝重也。右校交縄,無加焉而撓,極不勝重也。衡加重於其一旁,必捶。権重相若也,相衡則本短標長,両加焉,重相若,則標必下,標得権也。挈有力也,引無力也,不必,所挈之止於施也,縄制挈之也。若以錐刺之,挈長重者下,短軽者上。上者愈得,下下者愈亡。縄直権重相若,則心矣。収,上者愈喪,下者愈得。上者権重尽,則遂挈。
書き下し
鑒。鑒する者、近ければ則ち鑒する所大にして、景も亦た大なり。亦た逺ければ、鑒する所小にして、景も亦た小なり。而して必ず正し。景、正に過ぐ、故に招く。負。衡木に重きを加えて撓まざるは、極、重きに勝てばなり。右に校べ繩を交え、加うる無くして撓むは、極、重きに勝たざればなり。衡、重きを其の一旁に加うれば、必ず捶る。權と重と相い若きや、相い衡れば則ち本短くして標長し。兩つながら焉に加え、重さ相い若ければ、則ち標、必ず下る。標、權を得ればなり。挈は力有るなり、引は力無きなり。必ずしもせず。挈ぐる所の施に止まるは、繩、之を制し挈ぐればなり。錐を以て之を刺すが若し。挈ぐるに長く重き者は下り、短く輕き者は上る。上る者は愈いよ得、下る者は愈いよ亡う。繩直く權重相い若ければ、則ち心なり。收。上る者は愈いよ䘮い、下る者は愈いよ得。上る者の權重、盡くれば、則ち遂に挈ぐ。
現代語訳
鑑について。映るものが近ければ映る範囲が大きく、像も大きい。遠ければ映る範囲が小さく、像も小さい。そして必ず正立する。像が正の位置を越えるから、招くように見える。負について。天秤の木に重さを加えてもたわまないのは、支えが重さに勝っているからである。右で比べて縄を交えても、何も加えないのにたわむのは、支えが重さに勝てないからである。天秤の片側に重さを加えれば、必ず打ち下がる。分銅と荷の重さが等しいとき、釣り合わせれば本のほうが短く標のほうが長い。両方に加えて重さが等しければ、標が必ず下がる。標のほうが力を得ているからである。持ち上げるのは力があり、引くのは力がない。必ずしもそうとは限らない。持ち上げるものがその場に止まるのは、縄がそれを抑えて持ち上げているからである。錐で刺すようなものだ。持ち上げるとき、長く重いほうが下がり、短く軽いほうが上がる。上がるほうはますます得て、下がるほうはますます失う。縄がまっすぐで分銅と荷の重さが等しければ、中心が定まる。収について。上がるほうはますます失い、下がるほうはますます得る。上がるほうの重さが尽きれば、そのまま持ち上がる。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』經說下景。日の光、反りて人を燭らせば、則ち景は日と人との間に在り。景。木、杝めば景は短くして大に、木、正しければ景は長くして小なり。木より大小す。則ち景の木より大なるは、獨り小なるのみに非ず、逺近なり。臨。正鑒は景寡なし。貌能・白黑・逺近・杝正は光に異なる。鑒と景とは當に倶なるべし、就くと去るとも爾か當に倶なるべし。倶に北を用う。鑒する者の臭、鑒に於いて鑒せざる所無し。景の臭は數無し、而して必ず正に過ぐ。故に處を同じくすれば其の體、倶に然り。鑒。分鑒。中の内、鑒する者、中に近ければ則ち鑒する所大にして、景も亦た大なり。中に逺ければ則ち鑒する所小にして、景も亦た小なり。而して必ず正し。中に起こり、正に縁りて其の直きを長くするなり。中の外、鑒する者、中に近ければ則ち鑒する所大にして、景も亦た大なり。中に逺ければ則ち鑒する所小にして、景も亦た小なり。而して必ず易わる。合して其の直きを長くするなり。
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『墨子』經說下兩輪髙く、兩輪を輲と為すは、車梯なり。其の前を重くし、其の前に載せ、其の軲に載せて、重きを其の前に縣く。是れ梯の挈ぐるなり。且つ挈ぐれば則ち行く。凡そ重きものは、上、挈げず、下、收めず、旁、刼えざれば、則ち下ること直し。杝めば或いは之を害するなり。㳅るる者は、直きを得ざるなり。今や尺を平地に廢けば、重きも下らざるは、䠙無ければなり。夫の繩の軲を引くが若きは、是れ猶お舟中よりして横を引くがごときなり。倚・倍・拒・堅。䠳、焉に倚れば則ち正しからず。誰石・絫石、耳夾は法なり。方石、地を去ること尺、石を其の下に關し、絲を其の上に縣け、適ま方石に至らしむるも、下らざるは、柱なればなり。絲を膠して石を去るは、挈なり。絲絶ゆるは、引なり。未だ變ぜずして名の易わるは、收なり。
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『墨子』經下堅白ならざるは、説は……に在り。荆の大なるも、其の沈むこと淺きは、説は具に在り。久と宇と無し。堅白は、説は因に在り。檻を以て博しと為すは、以て知る無しと為すに於いてなり。説は意に在り。諸の其の然る所に在りて未だ然らざる者は、説は是に於いて之を推すに在り。意は未だ知る可からず、説は用う可きと過仵とに在り。景は従わず、説は改め為すに在り。一は二より少なくして、五より多し。説は建住に在り。景、二なるは、説は重に在り。半に非ざれば則ち動かざるは、説は端に在り。景の到まなるは午に在り、端有りて景長し。説は端に在り。無かる可きも、之を有して去る可からざるは、説は嘗て然るに在り。景の迎うるを曰う、説は博に在り。缶して擔う可からざるは、説は博に在り。景の小大は、説は地の逺近に在り。宇に進むも近づく無きは、説は敷に在り。天にして必ず缶し、説は得に在り。行くに循いて以て久し、説は先後に在り。
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『墨子』經下物の然る所以と、之を知る所以と、人をして之を知らしむる所以とは、必ずしも同じからず。説は病に在り。無は必ずしも有を待たず、説は謂う所に在り。疑は、説は逢・循・遇・過に在り。慮を擢けば疑わず、説は有無に在り。合と一と、或いは復た否なるは、説は拒に在り。且に然らんとするも、正す可からず。而れども工を用うるを害せず、説は宜に在り。物を歐るは一體なり、説は倶に一なるは惟れ是なるに在り。之を均しくして絶えざるは、説は均しくする所に在り。宇は或いは従う、説は長宇と久とに在り。堯の義は、今に生じて古に處り、而も時を異にす。説は義とする所に在り。二つながら鑑に臨みて立てば、景、到まにして多くして少なきが若し。説は寡區に在り。狗は犬なり。而れども狗を殺すは犬を殺すに非ずとするは可なり、説は重に在り。鑑の位量、一は小にして易わり、一は大にして缶し。説は中の外内に在り。使い、殷んに美なり、説は使に在り。鑑の景、一なり。
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『墨子』經說下俱。倶に一なるは、牛馬の四足の若し。惟だ是れ、牛馬に當たる。牛を數え馬を數うれば則ち牛馬は二なり、牛馬を數うれば則ち牛馬は一なり。指を數うるが若し、指は五にして五は一なり。長。宇は徙りて處る有るは宇なり。宇の南北、且に在らんとし在ること莫きは、宇の徙ること久しきなり。堅無くして白を得。必ず相い盈たすなり。在。堯の善く治むるは、今より之を古に在くなり。古より之を今に在かば、則ち堯は治むる能わざるなり。景。光至れば景亡ぶ。若し在らば、盡く古より息む。景、二なるは、光、夾めばなり。一なるは、光、一なればなり。光なる者は景なり。景。光の人を煦らすこと射るが若し。下なる者の人は髙く、髙き者の人は下し。足、下の光を蔽う、故に景を上に成す。首、上の光を蔽う、故に景を下に成す。逺近に在りて端有りて光に與る、故に景、庫し、内なり。
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『墨子』經說下荆。沈は、荆の具なり。則ち沈の淺きは荆の淺きに非ざるなり。五の一を易うるが若し。楹の搏なるを以て之を見るに、其の意に於けるや、先の智を易えず。意、相るなり。楹の秋より輕きが若きは、其の意に於けるや洋然たり。段と椎と錐と、倶に履に事う、用う可きなり。繪屨を成すに椎に過ぐるは、椎を成すに繪屨に過ぐると同じ。件に過ぐるなり。一。五に一有り、一に五有り、十二あり。非。半は、前に進みて取るなり。前にすれば則ち中、半と為すこと無く、猶お端のごときなり。前後に取れば、則ち端は中なり。必ず半にせよ、與すること毋かれ。半に非ざるは、不可なり。無かる可きも、己に給すれば則ち當に給すべく、無かる可からざるなり。久に窮有り、窮無し。正。凡そ處る所無くして縣に中らざるは、搏なり。傴宇は偏に字を舉ぐ可からざるなり。進み行く者は、先ず近きに敷き、後に逺きに敷く。