墨子 / 非儒下
有强執有命以説議曰:「夀夭貧富,安危治亂,固有天命,不可損益。窮逹賞罰,幸否有極,人之知力,不能為焉。」羣吏信之,則怠於分職;庶人信之,則怠於從事。不治則亂,農事緩則貧,貧且亂政之本,而儒者以為道教,是賤天下之人者也。
新字:有强執有命以説議曰:「夀夭貧富,安危治乱,固有天命,不可損益。窮逹賞罰,幸否有極,人之知力,不能為焉。」羣吏信之,則怠於分職;庶人信之,則怠於従事。不治則乱,農事緩則貧,貧且乱政之本,而儒者以為道教,是賤天下之人者也。
書き下し
强いて有命を執りて以て説議する有りて曰く、「夀夭貧富、安危治亂は、固より天命有り、損益す可からず。窮逹賞罰、幸否に極有り、人の知力、焉を為す能わず」と。羣吏、之を信ずれば、則ち分職に怠り、庶人、之を信ずれば、則ち従事に怠る。治まらざれば則ち亂れ、農事、緩ければ則ち貧し。貧しく且つ亂るるは政の本なるに、而して儒者、以て道教と為すは、是れ天下の人を賤しむ者なり。
現代語訳
運命はあると強く主張して説く者がいて、こう言う。「長寿も夭折も貧富も、安危も治乱も、もともと天命があって増減できない。行き詰まるのも通るのも、賞も罰も、幸不幸に定めがあって、人の知恵や力ではどうにもならない」。役人たちがこれを信じれば持ち場の務めに怠り、庶民が信じれば仕事に怠る。治まらなければ乱れ、農事が滞れば貧しくなる。貧しさと乱れは政治の根本にかかわるのに、儒者がこれを教えとするのは、天下の人を軽んじる者である。
解説
非命篇の主張が、儒家批判の文脈でもう一度出てきます。ここでの論点は、運命論が正しいかどうかではなく、それを教えとして広めることの効果です。役人と庶民という二つの層に分けて、信じた結果どうなるかを数える。「是賤天下之人者也」——人を軽んじる者だ、という結論の出し方に、墨子の一貫した判定基準が見えます。
この章句が説くこと
運命教え影響怠慢判定
関連する章句
-
『墨子』非命上子墨子言いて曰く、「古者、王公大人、國家に政を為す者は、皆な國家の富み、人民の衆く、刑政の治まるを欲す。然り而して富を得ずして貧を得、衆を得ずして寡を得、治を得ずして亂を得るは、則ち是れ本より其の欲する所を失いて、其の惡む所を得るなり。是れ故に何ぞや」と。子墨子言いて曰く、「有命を執る者の民間に雜わる者衆し。有命を執る者の言に曰く、『命に富めば則ち富み、命に貧しければ則ち貧しく、命に衆ければ則ち衆く、命に寡なければ則ち寡なく、命に治まれば則ち治まり、命に亂るれば則ち亂れ、命に夀ければ則ち夀く、命に夭ければ則ち夭す。命は、……强勁なりと雖も何の益あらんや』と。上は以て王公大人に説き、下は以て百姓の従事を沮む。故に有命を執る者は不仁なり。故に有命を執る者の言に當りては、眀辯せざる可からず」と。
-
『墨子』非命下今、惟だ王公大人に在りて、真に若し命有りと信じて之を致し行わば、則ち必ず獄を聴き政を治むるに怠らん。卿大夫は必ず官府を治むるに怠らん。農夫は必ず耕稼樹藝に怠らん。婦人は必ず紡績織絍に怠らん。王公大人、獄を聴き政を治むるに怠り、卿大夫、官府を治むるに怠らば、則ち我れ以為えらく天下必ず亂れん。農夫、耕稼樹藝に怠り、婦人、紡績織絍に怠らば、則ち我れ以為えらく天下の衣食の財、将に必ず足らざらんとす。若し以て天下に政を為さば、上は以て天鬼に事うるも、天鬼、使わず、下は以て百姓を待養するも、百姓、利あらず、必ず離散して得て用う可からざるなり。是を以て入りて守れば則ち固からず、出でて誅すれば則ち勝たず。故に昔者、三代の暴王、桀・紂・幽・厲の其の國家を共に隕とし、其の社稷を傾覆せし所以の者は、此れなり。
-
『墨子』非命下是の故に子墨子言いて曰く、今、天下の士君子、中に實に将に天下の利を興し、天下の害を除かんことを求め欲せば、有命者の言に當るや、曰く、命なる者は、暴王の作す所、窮人の術ぶる所にして、仁者の言に非ざるなり。今の仁義を為す者、将に察して强いて之を非とせざる可からざる者は此れなり。
-
『墨子』非命上然らば則ち何を以て命の暴人の道為るを知るや。昔、上世の窮民、飲食を貪り、従事に惰る。是を以て衣食の財、足らずして、饑寒凍餒の憂い至る。「我れ罷れ不肖にして、従事、疾からず」と曰うを知らず、必ず「我が命、固より且に貧しからんとす」と曰う。苦だ上世の暴主、其の耳目の淫、心意の辟を忍ばず、其の親戚に順わず、遂に以て國家を亡失し、社稷を傾覆す。「我れ罷れ不肖にして、政を為すこと善からず」と曰うを知らず、必ず「吾が命、固より之を失う」と曰う。
-
『墨子』非命上仲虺之誥に曰く、「我れ夏人に聞く、天命を矯めて命を下に布く。帝、式て是れを惡み、用て厥の師を爽う」と。此れ湯の桀の有命を執るを非とする所以を言うなり。太誓に曰く、「紂、夷して處り、上帝鬼神に事うるを肯んぜず、厥の先の神祇を禍いして祀らず、乃ち曰く『吾が民に命有り、廖まし排屚すること無し』と。天も亦た之を縦ちて棄てて葆せず」と。此れ武王の紂の有命を執るを非とする所以を言うなり。今、有命を執る者の言を用うれば、則ち上は聴治せず、下は従事せず。上、聴治せざれば則ち刑政亂れ、下、従事せざれば則ち財用足らず。上は以て粢盛酒醴を共え、上帝鬼神を祭祀し、天下の賢可の士を降綏する無く、外は以て諸侯の賔客に應待する無く、内は以て饑えたるに食わせ寒きに衣せ、老弱を将養する無し。故に命は、上は天に利あらず、中は鬼に利あらず、下は人に利あらず。而も强いて此を執る者は、此れ凶言の自ら生ずる所を持し、而して暴人の道なり。
-
『墨子』非命下然るに今、命を以て有りと為す者あり。昔、三代の暴王、桀・紂・幽・厲は、貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。此に於いてか其の耳目の欲を矯めずして、其の心意の辟に従い、外は之れ田獵畢弋に騁せ、内は酒樂に湛り、而して其の國家百姓の政を顧みず。繁く無用を為し、百姓を暴逆し、遂に其の宗廟を失う。其の言に「吾れ罷れ不肖にして、吾が聴治、强からず」と曰わず、必ず「吾が命、固より将に之を失わんとす」と曰う。昔の三代の罷れ不肖の民と雖も、亦た猶お此くのごときなり。善く親戚君長に事うる能わず、甚だ恭儉を惡みて簡易を好み、飲食を貪りて從事に惰り、衣食の財、足らず、是を以て身、饑寒凍餒の憂いに陷る。其の言に「吾れ罷れ不肖にして、吾が従事、强からず」と曰わず、必ず「吾が命、固より将に窮せんとす」と曰う。昔の三代の偽民も、亦た猶お此くのごときなり。