墨子 / 非命上
然則何以知命之為暴人之道?昔上世之窮民,貪於飲食,惰於従事,是以衣食之財不足,而饑寒凍餒之憂至,不知曰「我罷不肖,従事不疾」,必曰「我命固且貧」。苦上世暴主不忍其耳目之淫,心意之辟,不順其親戚,遂以亡失國家,傾覆社稷,不知曰「我罷不肖,為政不善」,必曰「吾命固失之。」
新字:然則何以知命之為暴人之道?昔上世之窮民,貪於飲食,惰於従事,是以衣食之財不足,而饑寒凍餒之憂至,不知曰「我罷不肖,従事不疾」,必曰「我命固且貧」。苦上世暴主不忍其耳目之淫,心意之辟,不順其親戚,遂以亡失国家,傾覆社稷,不知曰「我罷不肖,為政不善」,必曰「吾命固失之。」
書き下し
然らば則ち何を以て命の暴人の道為るを知るや。昔、上世の窮民、飲食を貪り、従事に惰る。是を以て衣食の財、足らずして、饑寒凍餒の憂い至る。「我れ罷れ不肖にして、従事、疾からず」と曰うを知らず、必ず「我が命、固より且に貧しからんとす」と曰う。苦だ上世の暴主、其の耳目の淫、心意の辟を忍ばず、其の親戚に順わず、遂に以て國家を亡失し、社稷を傾覆す。「我れ罷れ不肖にして、政を為すこと善からず」と曰うを知らず、必ず「吾が命、固より之を失う」と曰う。
現代語訳
では、なぜ運命論が人を害する道だと分かるのか。むかしの困窮した民は、飲み食いをむさぼり、仕事に怠けた。だから衣食の財が足りず、飢えと寒さの苦しみが来た。それでも「自分が疲れて至らず、仕事が速くなかった」とは言わず、必ず「自分の運命はもともと貧しいのだ」と言う。むかしの乱暴な君主は、目と耳の欲、心の偏りを抑えられず、身内にも従わず、ついに国家を失い社稷を傾けた。それでも「自分が至らず、政治がまずかった」とは言わず、必ず「自分の運命はもともとこれを失うのだ」と言う。
解説
この章句が説くこと
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