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墨子 / 非儒下

取妻身迎,祗褍為僕,秉轡授綏,如仰嚴親。昏禮威儀,如承祭祀。顛覆上下,悖逆父母,下則妻子,妻子上侵。事親若此,可謂孝乎?傳者迎妻:妻之奉祭祀,子将守宗廟,故重之。應之曰:此誣言也。其宗兄守其先宗廟數十年,死,喪之其,兄弟之妻奉其先之祭祀,弗散,則喪妻子三年,必非以守奉祭祀也。夫憂妻子,以大負絫,有曰:「所以重親也。」為欲厚所至和輕所至重,豈非大姦也哉?

新字:取妻身迎,祗褍為僕,秉轡授綏,如仰厳親。昏礼威儀,如承祭祀。顛覆上下,悖逆父母,下則妻子,妻子上侵。事親若此,可謂孝乎?伝者迎妻:妻之奉祭祀,子将守宗廟,故重之。応之曰:此誣言也。其宗兄守其先宗廟数十年,死,喪之其,兄弟之妻奉其先之祭祀,弗散,則喪妻子三年,必非以守奉祭祀也。夫憂妻子,以大負絫,有曰:「所以重親也。」為欲厚所至和軽所至重,豈非大姦也哉?

書き下し

妻を取るに身ら迎え、祗褍して僕と為り、轡を秉り綏を授くること、嚴親を仰ぐが如し。昏禮の威儀、祭祀を承くるが如し。上下を顛覆し、父母に悖逆し、下は則ち妻子にして、妻子、上を侵す。親に事うること此くの若くんば、孝と謂う可けんや。傳うる者、妻を迎うるは、妻の祭祀を奉じ、子の将に宗廟を守らんとするが故に之を重んず、と。之に應じて曰く、此れ誣言なり。其の宗兄、其の先の宗廟を守ること數十年、死すれば、之を喪すること其れ、兄弟の妻、其の先の祭祀を奉ずるも、散ぜず。則ち妻子を喪すること三年なるは、必ずしも祭祀を守り奉ずるを以てするに非ざるなり。夫れ妻子を憂うるに、大負を以て絫ぬ。有るひと曰く、「親を重んずる所以なり」と。至って輕き所を厚くして至って重き所を和らげんと欲するを為すは、豈に大姦に非ざらんや。

現代語訳

妻を迎えるのに自分で出向き、礼服を着て従者となり、手綱を取り、乗るための綱を渡す。そのさまは厳格な父を仰ぐようである。婚礼の作法は、祭祀を受け持つときのようである。上下をひっくり返し、父母に背き、下であるはずの妻子が上を侵している。親に仕えることがこうであって、孝と言えるだろうか。伝える者は言う。妻を迎えるのは、妻が祭祀を奉じ、子が宗廟を守るからこそ重んじるのだと。これに答えて言う。それは偽りの言葉である。本家の兄が先祖の宗廟を数十年守り、死んだときの喪は短い。兄弟の妻が先祖の祭祀を奉じても、その務めは絶えない。とすれば妻子の喪が三年であるのは、祭祀を守り奉じるからではない。妻子を思うのに大きな負担を重ねている。ある人は「それが親を重んじる方法だ」と言う。最も軽いところを厚くして最も重いところを緩めようとするのは、大きな不正ではないか。

解説

婚礼の作法と喪の期間を並べ、儀礼の重みが人の順序と合っていないと突きます。最も軽いところに手厚く、最も重いところをおろそかにする——儀礼が誰を重んじるかを示す装置である以上、そこがずれていれば示すものもずれる、という批判です。制度が本来の優先順位と逆を向いていないか、という問いとして読めます。手間のかけ方は、何を大事にしているかの表明になります。

この章句が説くこと

儀礼優先順位逆転負担批判

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