墨子 / 非命上
然則所為欲義在上者,何也?曰:「義人在上,天下必治,上帝山川鬼神,必有幹主,萬民被其大利。」何以知之?子墨子曰:「古者湯封於亳,絶長繼短,方地百里,與其百姓兼相愛,交相利,移則分。率其百姓,以上尊天事鬼,是以天鬼富之,諸侯與之,百姓親之,賢士歸之,未歿其世,而王天下,政諸侯。昔者文王封於岐周,「絶長繼短,方地百里,與其百姓兼相愛、交相利,則,是以近者安其政,逺者歸其徳。聞文王者,皆起而趨之。罷不肖股肱不利者,處而願之曰:「奈何乎使文王之地及我,吾則吾利,豈不亦猶文王之民也哉。」是以天鬼富之,諸侯與之,百姓親之,賢士歸之,未殁其世,而王天下,政諸侯。鄉者言曰:義人在上,天下必治,上帝山川鬼神,必有幹主,萬民被其大利。吾用此知之。
新字:然則所為欲義在上者,何也?曰:「義人在上,天下必治,上帝山川鬼神,必有幹主,万民被其大利。」何以知之?子墨子曰:「古者湯封於亳,絶長継短,方地百里,与其百姓兼相愛,交相利,移則分。率其百姓,以上尊天事鬼,是以天鬼富之,諸侯与之,百姓親之,賢士帰之,未歿其世,而王天下,政諸侯。昔者文王封於岐周,「絶長継短,方地百里,与其百姓兼相愛、交相利,則,是以近者安其政,遠者帰其徳。聞文王者,皆起而趨之。罷不肖股肱不利者,処而願之曰:「奈何乎使文王之地及我,吾則吾利,豈不亦猶文王之民也哉。」是以天鬼富之,諸侯与之,百姓親之,賢士帰之,未殁其世,而王天下,政諸侯。鄉者言曰:義人在上,天下必治,上帝山川鬼神,必有幹主,万民被其大利。吾用此知之。
書き下し
然らば則ち義人の上に在らんことを欲する所以の者は何ぞや。曰く、「義人、上に在れば、天下必ず治まり、上帝・山川・鬼神、必ず幹主有り、萬民、其の大利を被る」と。何を以て之を知る。子墨子曰く、「古者、湯、亳に封ぜらる。長を絶ちて短を繼ぐも、方地百里なり。其の百姓と兼ねて相愛し、交ごも相利し、移せば則ち分かつ。其の百姓を率いて、以て上は天を尊び鬼に事う。是を以て天鬼、之を富まし、諸侯、之に與し、百姓、之に親しみ、賢士、之に歸す。未だ其の世を歿せずして、天下に王たり、諸侯に政たり。昔者、文王、岐周に封ぜらる。長を絶ちて短を繼ぐも、方地百里なり。其の百姓と兼ねて相愛し、交ごも相利す。是を以て近き者は其の政に安んじ、逺き者は其の徳に歸す。文王を聞く者は、皆な起ちて之に趨く。罷れ不肖にして股肱の利あらざる者は、處りて之を願いて曰く、『奈何ぞ文王の地をして我に及ばしめん。吾れ則ち吾れ利あらん。豈に亦た猶お文王の民のごとくならざらんや』と。是を以て天鬼、之を富まし、諸侯、之に與し、百姓、之に親しみ、賢士、之に歸す。未だ其の世を殁せずして、天下に王たり、諸侯に政たり。鄉者、言いて曰く、義人、上に在れば、天下必ず治まり、上帝・山川・鬼神、必ず幹主有り、萬民、其の大利を被ると。吾れ此を用て之を知る」と。
現代語訳
では義ある人が上に立つことを望むのはなぜか。「義ある人が上に立てば天下は必ず治まり、上帝も山川も鬼神も主を得て、万民はその大きな利を受ける」からである。なぜそう分かるのか。墨子が言った。「むかし湯は亳に封じられた。長いところを削って短いところに継いでも、領地は百里四方にすぎない。その民と互いに愛し合い、互いに利し合い、余れば分け合った。民を率いて、上は天を尊び鬼神に仕えた。だから天と鬼神は彼を富ませ、諸侯は味方し、民は親しみ、賢士は帰服した。一代を終えないうちに天下の王となり諸侯を治めた。むかし文王は岐周に封じられた。同じく百里四方である。その民と互いに愛し合い、互いに利し合った。だから近い者はその政治に安んじ、遠い者はその徳に帰した。文王のことを聞いた者はみな立ち上がって駆けつけた。疲れ弱って手足の利かない者は、その場にとどまってこう願った。『どうにかして文王の地が私のところまで及ばないものか。そうすれば私も利を得る。私だって文王の民と同じではないか』。だから天と鬼神は彼を富ませ、諸侯は味方し、民は親しみ、賢士は帰服した。一代を終えないうちに天下の王となり諸侯を治めた。さきに言った、義ある人が上に立てば天下は必ず治まり、万民はその大きな利を受ける、と。私はこれによってそれを知る」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』法儀昔の聖王、禹・湯・文・武は、兼ねて天下の百姓を愛し、率いて以て天を尊び鬼に事う。其の人を利すること多し、故に天、之を福し、立てて天子と為さしめ、天下の諸侯、皆な賓として之に事う。暴王、桀・紂・幽・厲は、兼ねて天下の百姓を惡み、率いて以て天を詬り鬼を侮る。其の人を賊うこと多し、故に天、之を禍し、遂に其の國家を失わしめ、身死して天下に僇と為り、後世の子孫、之を毁り、今に至るまで息まず。故に不善を為して以て禍を得る者は、桀・紂・幽・厲是れなり。人を愛し人を利して以て福を得る者は、禹・湯・文・武是れなり。人を愛し人を利して以て福を得る者は有り、人を惡み人を賊うて以て禍を得る者も亦た有り。
-
『墨子』非命上然り而して今、天下の士君子、或いは命を以て有りと為す。益た盖ぞ嘗て尚に聖王の事を觀ん。古者、桀の亂す所、湯、受けて之を治め、紂の亂す所、武王、受けて之を治む。此の世、未だ易わらず、民、未だ渝らざるに、桀紂に於いては則ち天下亂れ、湯武に在りては則ち天下治まる。豈に命有りと謂う可けんや。
-
『墨子』非命下故に昔者、三代の聖王、禹・湯・文・武、方に天下に政を為すの時、曰く、「必ず務めて孝子を舉げて之に親に事うるを勸め、賢良の人を尊びて之に善を為すを教えん」と。是の故に政を出だし教を施し、善を賞し暴を罰す。且つ以為えらく、此くの若くんば、則ち天下の亂るるや、将に屬に得て治む可からんとす。社稷の危うきや、将に屬に得て定む可からんとす。若し以て然らずと為さば、昔、桀の亂す所、湯、之を治め、紂の亂す所、武王、之を治む。此の時に當たり、世、渝らずして民、易わらず、上、政を變じて民、俗を改む。桀紂に存して天下亂れ、湯武に存して天下治まる。天下の治まるは、湯武の力なり。天下の亂るるは、桀紂の罪なり。若し此を以て之を觀れば、夫れ安危治亂は上の政を為すに存するなり。則ち夫れ豈に命有りと謂う可けんや。
-
『墨子』非命上仲虺之誥に曰く、「我れ夏人に聞く、天命を矯めて命を下に布く。帝、式て是れを惡み、用て厥の師を爽う」と。此れ湯の桀の有命を執るを非とする所以を言うなり。太誓に曰く、「紂、夷して處り、上帝鬼神に事うるを肯んぜず、厥の先の神祇を禍いして祀らず、乃ち曰く『吾が民に命有り、廖まし排屚すること無し』と。天も亦た之を縦ちて棄てて葆せず」と。此れ武王の紂の有命を執るを非とする所以を言うなり。今、有命を執る者の言を用うれば、則ち上は聴治せず、下は従事せず。上、聴治せざれば則ち刑政亂れ、下、従事せざれば則ち財用足らず。上は以て粢盛酒醴を共え、上帝鬼神を祭祀し、天下の賢可の士を降綏する無く、外は以て諸侯の賔客に應待する無く、内は以て饑えたるに食わせ寒きに衣せ、老弱を将養する無し。故に命は、上は天に利あらず、中は鬼に利あらず、下は人に利あらず。而も强いて此を執る者は、此れ凶言の自ら生ずる所を持し、而して暴人の道なり。
-
『墨子』非命中然らば胡ぞ嘗て之を聖王の事に考えざる。古の聖王、孝子を舉げて之に親に事うるを勸め、賢良を尊びて之に善を為すを勸め、憲を發し令を布きて以て教誨し、賞罰して以て勸沮す。此くの若くんば、則ち亂るる者も治めしむ可く、危うき者も安んぜしむ可し。若し以て然らずと為さば、昔者、桀の亂す所、湯、之を治め、紂の亂す所、武王、之を治む。此の世、渝らずして民、改まらざるに、上、政を變ずれば民、教え易し。其の湯武に在れば則ち治まり、其の桀紂に在れば則ち亂る。安危治亂は上の政を發するに在るなり。則ち豈に命有りと謂う可けんや。夫れ命有りと曰う云う者は、亦た然らざるなり。
-
『墨子』天志上曰く、且つ夫れ義なる者は、政なり。下より上を政むるに從うこと無く、必ず上より下を政むるに從う。是の故に庶人は力を竭くして事に從い、未だ己を恣にして政を為すを得ず、士の之を政むる有り。士は力を竭くして事に從い、未だ己を恣にして政を為すを得ず、將軍大夫の之を政むる有り。將軍大夫は力を竭くして事に從い、未だ己を恣にして政を為すを得ず、三公諸侯の之を政むる有り。三公諸侯は力を竭くして聴治し、未だ己を恣にして政を為すを得ず、天子の之を政むる有り。天子は未だ己を恣にして政を為すを得ず、天の之を政むる有り。天子、政を三公・諸侯・士・庶人に為す。天下の士君子は固より天の政を天子に為すを明らかに知るも、天下の百姓は未だ之を明らかに知るを得ざるなり。故に昔、三代の聖王、禹湯文武、天の政を天子に為すを以て天下の百姓に明説せんと欲す。故に牛羊を犓い、犬彘を豢い、酒醴を潔盛して、以て上帝鬼神を祭祀し、而して福を天に求め祈らざる莫し。我れ未だ嘗て天下の福を天子に求め祈る所の者を聞かざるなり。我れ天の政を天子に為すを知る所以の者なり。