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墨子 / 非攻上

殺一人謂之不義,必有一死罪矣。若以此説往,殺十人十重不義,必有十死罪矣;殺百人百重不義,必有百死罪矣。當此,天下之君子皆知而非之,謂之不義。今至大為不義攻國,則弗之非,從而譽之,謂之義。情不知其不義也,故書其言以遺後世。若知其不義也,夫奚説書其不義以遺後世哉?

新字:殺一人謂之不義,必有一死罪矣。若以此説往,殺十人十重不義,必有十死罪矣;殺百人百重不義,必有百死罪矣。当此,天下之君子皆知而非之,謂之不義。今至大為不義攻国,則弗之非,従而誉之,謂之義。情不知其不義也,故書其言以遺後世。若知其不義也,夫奚説書其不義以遺後世哉?

書き下し

一人を殺すを之を不義と謂わば、必ず一の死罪有らん。若し此の説を以て往かば、十人を殺すは十重の不義にして、必ず十の死罪有らん。百人を殺すは百重の不義にして、必ず百の死罪有らん。此に當たりて、天下の君子は皆な知りて之を非とし、之を不義と謂う。今、大いに不義を為して國を攻むるに至りては、則ち之を非とせず、從いて之を譽め、之を義と謂う。情に其の不義を知らざるなり。故に其の言を書して以て後世に遺す。若し其の不義を知らば、夫れ奚の説あってか其の不義を書して以て後世に遺さんや。

現代語訳

一人を殺すのを不義というなら、必ず一つの死罪がある。この論法で進めれば、十人を殺すのは十重の不義であり、必ず十の死罪がある。百人を殺すのは百重の不義であり、必ず百の死罪がある。ここまでは天下の君子はみな分かっていて非難し、不義と呼ぶ。ところが大いに不義をなして国を攻めるとなると、非難しないどころか、それに従って褒め、義と呼ぶ。本当にそれが不義だと分かっていないのだ。だからこそその言葉を書き記して後世に残す。もし不義だと分かっていたなら、どうしてその不義を書き記して後世に残そうとするだろうか。

解説

罪の数を掛け算にする論法です。一人で一つ、百人なら百。単純ですが、戦争の犠牲者を集計するという発想そのものが、当時としては新しいものでした。もう一つ鋭いのは最後の観察で、本当に悪いと思っていたら記録に残さないはずだ、という指摘です。堂々と書き残していること自体が、悪いと思っていない証拠になる。組織の記録は、その組織が何を恥じていないかを映します。

この章句が説くこと

累積記録非攻二重基準

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