墨子 / 所染
非獨國有染也,士亦有染。其友皆好仁義,淳謹畏令,則家日益、身日安、名日榮,處官得其理矣,則段干木、禽子、傅説之徒是也。其友皆好矜奮,創作比周,則家日損、身日危、名日辱,處官失其理矣,則子西、易牙、豎刁之徒是也。《詩》曰「必擇其所堪,必謹所堪」者,此之謂也。
新字:非独国有染也,士亦有染。其友皆好仁義,淳謹畏令,則家日益、身日安、名日栄,処官得其理矣,則段干木、禽子、傅説之徒是也。其友皆好矜奮,創作比周,則家日損、身日危、名日辱,処官失其理矣,則子西、易牙、豎刁之徒是也。《詩》曰「必択其所堪,必謹所堪」者,此之謂也。
書き下し
獨り國に染むること有るのみに非ざるなり、士も亦た染むること有り。其の友、皆な仁義を好み、淳謹にして令を畏るれば、則ち家は日に益し、身は日に安く、名は日に榮え、官に處りて其の理を得ん。則ち段干木・禽子・傅説の徒是れなり。其の友、皆な矜奮を好み、比周を創作すれば、則ち家は日に損じ、身は日に危うく、名は日に辱められ、官に處りて其の理を失わん。則ち子西・易牙・豎刁の徒是れなり。詩に曰く「必ず其の堪うる所を擇び、必ず堪うる所を謹め」とは、此れを之れ謂うなり。
現代語訳
国が染まるだけではない。士もまた染まる。その友がみな仁義を好み、素朴で慎み深く命令を畏れるなら、家は日ごとに豊かになり、身は日ごとに安らかになり、名は日ごとに栄え、官職に就いてもその筋道を得る。段干木・禽滑釐・傅説の類がそれである。その友がみな威張ることを好み、徒党を組んで工作するなら、家は日ごとに減り、身は日ごとに危うく、名は日ごとに辱められ、官職に就いてもその筋道を失う。子西・易牙・豎刁の類がそれである。『詩』にいう「必ずその浸る先を選べ、必ずその浸る先を慎め」とは、このことをいうのだ。
解説
染絲の比喩は、糸から国へ、国から個人へと三段で降りてきます。ここでの判定材料は本人の資質ではなく交友関係です。栄える側の指標として「家は日に益し、身は日に安く、名は日に榮え」、傾く側として「家は日に損じ、身は日に危うく、名は日に辱められ」と、まったく同じ三項を反転させて並べる。診断が対称形になっているので、自分がどちらの向きに動いているかを三点で測れます。悪い例に挙がる易牙と豎刁は、斉の桓公を晩年に取り巻いた二人です。
この章句が説くこと
交友環境染まる人脈自己診断
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