牧民忠告 / 救荒
災異之生,常出於人之所不意。誠素有其備,雖甚災,不足為憂也。今州郡多無委積;雖有之,而在上者封錮甚嚴,不測有虞,茫無所措手,此厥今牧民者之通患也。然今所謂祗應之錢者,山州僻縣未曾有之,而使客往還,率無枵腹而過者,意必有以規畫也。至於備荒之儲,獨未有及焉者,豈以治平之時,何遽有此,所以因仍歲月,幸滿而去,不復為民遠慮耶?嘗聞近人為縣者,教民種蔓菁,搗其根以為餅,大者三四斤,幹而儲之,後值凶年,蒸以食饑民,味甘且美,賴以活在者甚眾。夫古人慮民之遠如此,其肯茍且幸代,而不為民預備哉?
新字:災異之生,常出於人之所不意。誠素有其備,雖甚災,不足為憂也。今州郡多無委積;雖有之,而在上者封錮甚厳,不測有虞,茫無所措手,此厥今牧民者之通患也。然今所謂祗応之銭者,山州僻県未曽有之,而使客往還,率無枵腹而過者,意必有以規画也。至於備荒之儲,独未有及焉者,豈以治平之時,何遽有此,所以因仍歳月,幸満而去,不復為民遠慮耶?嘗聞近人為県者,教民種蔓菁,搗其根以為餅,大者三四斤,幹而儲之,後值凶年,蒸以食饑民,味甘且美,頼以活在者甚眾。夫古人慮民之遠如此,其肯茍且幸代,而不為民預備哉?
書き下し
災異の生ずるや、常に人の意わざる所に出ず。誠に素(もと)より其の備え有らば、甚だしき災いと雖も、憂いと為すに足らざるなり。今、州郡多くは委積(いせき)無し。之有りと雖も、上に在る者封錮(ふうこ)すること甚だ厳しく、不測の虞(おそれ)ありて、茫(ぼう)として手を措(お)く所無し、此れ厥(そ)れ今の民を牧する者の通患(つうかん)なり。然れども今所謂祗応(しおう)の銭なる者は、山州僻県(へきけん)未だ嘗て之有らざるに、使客往還すれば、率(おおむ)ね枵腹(きょうふく)して過ぐる者無し、意うに必ず以て規画する有るなり。備荒の儲(たくわえ)に至りては、独り未だ焉(これ)に及ぶ者有らず、豈治平の時を以て、何ぞ遽(にわ)かに此れ有らんやとして、所以(ゆえ)に歳月に因仍(いんじょう)し、幸いに満ちて去り、復た民の為に遠く慮らざるか。嘗て聞く、近人の県を為(おさ)むる者、民に蔓菁(まんせい)を種えしめ、其の根を搗(つ)きて以て餅と為し、大なる者は三四斤、幹(ほ)して之を儲え、後に凶年に値(あ)えば、蒸して以て饑民に食わしめ、味甘くして且つ美なり、頼りて以て活くる者甚だ衆(おお)しと。夫れ古人の民を慮ること遠きこと此くの如し、其れ肯(あ)えて苟且(こうしょ)にして幸代(こうたい)し、民の為に預備せざらんや。
現代語訳
災害というものは、常に人の予想しないところから起こるものである。もとより備えさえあれば、どんなに大きな災害でも憂うるに足らない。今、多くの州や郡には備蓄がない。あったとしても、上級の役人が厳重に封印して管理し、不測の事態に遭っても茫然として手の打ちようがない。これこそ今の為政者に共通する弊害である。ところが、いわゆる「接待用の銭」というものは、辺鄙な小県ですら備えられていないことはなく、使者の往来があれば大抵は空腹で通り過ぎさせない。おそらくきちんと計画されているのだろう。それなのに、飢饉に備える蓄えだけは誰も手をつけていない。太平の時にどうして急に飢饉が起ころうかと油断し、月日をだらだらと過ごし、任期が満ちれば去っていくばかりで、民のために遠く先を思いやろうとしないのである。かつて聞いた話では、ある県を治めた人が、民にカブを植えさせ、その根をついて餅にし、大きなものは三、四斤にもなるものを干して蓄えておき、後に凶作の年に遭うと、それを蒸して飢えた民に食べさせた。味は甘くおいしく、これによって生き延びた者が非常に多かったという。昔の人が民のために遠い先まで思いをめぐらせることはこれほどであった。どうしていい加減に運任せにして、民のために備えをしないでいられようか。
解説
この章句が説くこと
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