牧民忠告 / 慎獄
古人縱囚省親,如期還獄者甚多,要不可以為法也。夫法者,天子之所有,而民或犯之,是犯天子之法也。而彼乃與期而縱之,是不幾於弄天子之法,以掠美市恩於下者乎?然出於朝廷則可,出於一己之私不可。
新字:古人縦囚省親,如期還獄者甚多,要不可以為法也。夫法者,天子之所有,而民或犯之,是犯天子之法也。而彼乃与期而縦之,是不幾於弄天子之法,以掠美市恩於下者乎?然出於朝廷則可,出於一己之私不可。
書き下し
古人囚を縱(はな)ちて省親(せいしん)せしめ、期の如く獄に還る者甚だ多し、要すれば以て法と為すべからざるなり。夫れ法は天子の有する所にして、民或いは之を犯す、是れ天子の法を犯すなり。而して彼乃ち期を與えて之を縱つは、是れ天子の法を弄(もてあそ)びて、以て美を掠(かす)め恩を下(しも)に市(う)る者に幾(ちか)からずや。然れども朝廷より出づれば則ち可なるも、一己の私より出づれば不可なり。
現代語訳
昔の人が囚人を釈放して親の見舞いに帰らせ、約束の期日通りに獄へ戻ってきた者が非常に多かったという話があるが、これはあくまで模範とすべきものではない。そもそも法は天子が定めるものであり、民がこれを犯せば、それは天子の法を犯したことになる。それなのに、役人が勝手に期日を約束して囚人を釈放するのは、天子の法を弄び、それによって自分の美名を得て恩を下々に売っているようなものではないか。しかし、朝廷から出た命令であれば許されるが、一個人の私意から出たものであれば許されない。
解説
「非縱囚」は、美談として語られがちな「囚人を一時釈放し期日通りに戻らせる」という故事を、批判的に検証する一条である。張養浩は、この種の逸話が個人の徳の高さを示す美談として消費されがちだが、法は天子(すなわち公的権威)に属するものであり、一役人の裁量で勝手にこれを弛めることは、私的な人気取りにほかならないと厳しく指摘する。善意に見える行為であっても、それが公的な権限の逸脱であれば正当化されないという、規則と裁量の境界に関する鋭い洞察である。現代の組織でも、管理職が独断で規則を曲げて「良い人」を演じることは、一見美談に見えても組織の公正さを損なう危険をはらむ。
この章句が説くこと
非縦囚公私の別規則と裁量美談の落とし穴
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