牧民忠告 / 慎獄
亡友段伯英嘗尹鉅野,民有犯法受刑者,每為泣下。或以為過,余聞之,私自語曰:「人必有是心,然後可以語王政。且獨不聞古人亦有禁人於獄寢者乎?要皆良心之所發,非過也。」
新字:亡友段伯英嘗尹鉅野,民有犯法受刑者,毎為泣下。或以為過,余聞之,私自語曰:「人必有是心,然後可以語王政。且独不聞古人亦有禁人於獄寝者乎?要皆良心之所発,非過也。」
書き下し
亡友段伯英(だんはくえい)嘗て鉅野(きょや)に尹(いん)たりしとき、民に法を犯して刑を受くる者有れば、每(つね)に泣下(きゅうか)を為す。或いは以て過(あやま)ちと為すも、余之を聞き、私(ひそ)かに自ら語りて曰く、「人必ず是の心有りて、然る後に王政を語るべし。且つ獨り聞かずや、古人亦た人を獄寢(ごくしん)に禁ずる者有るを。要するに皆良心の發する所にして、過ちに非ざるなり」と。
現代語訳
亡くなった友人の段伯英がかつて鉅野の長官であったとき、民の中で法を犯して刑罰を受ける者があると、いつも涙を流した。ある人はこれを行き過ぎだと言ったが、私はそれを聞いて、密かに自らつぶやいた。「人には必ずこのような心があってこそ、初めて王者の政治を語ることができる。それに、古人にもまた獄舎に自ら寝泊まりして囚人を戒めた者があったと聞いたことはないだろうか。要するにこれらは皆良心から発したものであり、行き過ぎたことではない」と。
解説
「哀矜」は、法を犯した者を罰する立場にありながら涙する友人の逸話を通して、処罰と憐れみは矛盾しないと説く一条である。張養浩は、この涙を「過ぎたる感傷」と見る周囲の批判に対し、そのような良心の発露こそが王政、すなわち正しい統治の前提条件であると擁護する。規則に基づいて厳正に処分することと、処分される者の境遇に心を痛めることは両立しうるし、両立すべきだという立場である。現代の組織においても、規律違反を処分する立場の管理職が、処分対象者の事情に一切心を動かさないとすれば、それは公正さではなく冷淡さに陥る危険がある。厳正さと人間的な憐れみを併せ持つことが、真に信頼される統治者の姿である。
この章句が説くこと
哀矜良心処罰と憐れみ王政