牧民忠告 / 上任
居官所以不能清白者,率由家人喜奢好侈使然也。中既不給,其勢必當取於人,或營利以侵民,或因訟而納賄,或名假貸,或托姻屬,宴饋征逐,通室無禁,以致動相掣肘,威無所施。己雖日昌,民則日瘁,己雖日歡,民則日怨。由是而坐敗辱者,蓋駢首驪踵也。嗚呼!使為妻妾而為之,則妻妾不能我救也;使為子孫而為之,則子孫不能我救也;使為朋友而為之,則朋友不能我救也。妻妾、子孫、朋友皆不能我救也,曷若廉勤乃職,而自為之為愈也哉!蓋自為雖闔門恆淡泊,而安榮及子孫;為人雖歡然如可樂,而禍患生幾席也。二者之間,非真知深悟者,未易與言。有官君子,其審擇焉。
新字:居官所以不能清白者,率由家人喜奢好侈使然也。中既不給,其勢必当取於人,或営利以侵民,或因訟而納賄,或名仮貸,或托姻属,宴饋征逐,通室無禁,以致動相掣肘,威無所施。己雖日昌,民則日瘁,己雖日歓,民則日怨。由是而坐敗辱者,蓋駢首驪踵也。嗚呼!使為妻妾而為之,則妻妾不能我救也;使為子孫而為之,則子孫不能我救也;使為朋友而為之,則朋友不能我救也。妻妾、子孫、朋友皆不能我救也,曷若廉勤乃職,而自為之為愈也哉!蓋自為雖闔門恒淡泊,而安栄及子孫;為人雖歓然如可楽,而禍患生幾席也。二者之間,非真知深悟者,未易与言。有官君子,其審択焉。
書き下し
官に居りて清白なる能わざる所以の者は、率(おおむ)ね家人の奢を喜び侈(し)を好むに由りて然らしむるなり。中既に給せざれば、其の勢い必ず当に人に取るべし、或いは利を営みて以て民を侵し、或いは訟に因りて賄(まかない)を納れ、或いは仮貸(かたい)と名づけ、或いは姻属(いんぞく)に托し、宴饋(えんき)征逐(せいちく)、通室(つうしつ)禁ずる無く、以て動(やや)もすれば相掣肘(せいちゅう)し、威施す所無きに致る。己は日に昌(さか)んなりと雖も、民は則ち日に瘁(つか)れ、己は日に歓ぶと雖も、民は則ち日に怨む。是に由りて坐(そぞ)ろに敗辱する者は、蓋し駢首(へんしゅ)驪踵(れいしょう)たり。嗚呼、妻妾の為に之を為さしむれば、則ち妻妾我を救う能わざるなり。子孫の為に之を為さしむれば、則ち子孫我を救う能わざるなり。朋友の為に之を為さしむれば、則ち朋友我を救う能わざるなり。妻妾・子孫・朋友皆我を救う能わざるなり、曷(なん)ぞ廉勤を乃(すなわ)ち職として、自ら之を為すの愈(まさ)れるに若かんや。蓋し自ら為せば闔門(こうもん)恒に淡泊なりと雖も、安栄子孫に及ぶ。人の為にすれば歓然として楽しむべきが如しと雖も、禍患幾席(きせき)に生ず。二者の間、真に知り深く悟る者に非ざれば、未だ与(とも)に言い易からず。官有るの君子、其れ審らかに択べ。
現代語訳
官職にありながら清廉潔白でいられない理由は、おおむね家族が奢侈を好み贅沢を喜ぶことに起因する。家計が足りなくなれば、勢い必ず他人から取り立てることになる。あるいは利益をはかって民を侵害し、あるいは訴訟に乗じて賄賂を受け取り、あるいは貸借と称し、あるいは姻戚に名を借り、宴会や贈答、遊興が家じゅう際限なく行われ、そのために何かにつけて手足を縛られ、威厳を発揮できなくなる。自分は日に日に羽振りがよくなっても、民は日に日に疲弊し、自分は日に日に楽しんでも、民は日に日に怨む。これによって不意に失脚し恥辱を受ける者は、実に肩を並べ踵を接するほど多い。ああ、妻妾のためにこれを行っても、妻妾は自分を救ってはくれない。子孫のためにこれを行っても、子孫は自分を救ってはくれない。友人のためにこれを行っても、友人は自分を救ってはくれない。妻妾も子孫も友人も、誰も自分を救ってはくれないのだから、それならば廉潔と勤勉を自分の職務とし、自らそれを実践するほうがはるかによいではないか。自らを律すれば、一家はいつも質素であっても、その安らぎと栄誉は子孫にまで及ぶ。他人のために便宜をはかれば、その場は楽しく喜ばしいようであっても、禍いはすぐ身近なところに生じる。この二つの間には、真に知り深く悟った者でなければ、容易には語り合えない違いがある。官職にある君子は、どうかよくよく見極めて選ぶべきである。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『十善法語』巻第七・不兩舌戒此善悪報応。智者ノ小心翼翼トシテ。終ニ聖慧明ヲ得ル処シヤ。愚人モ終ニ非ヲ改メ過ヲ悔ヰ。闇ヨリ明ニ趣ク処シヤ。声聞乗ノ人ノ厭背シテ禅定智慧ヲ発スル基シヤ。菩薩乗ノ人ノ大慈悲心相応スル処シヤ。此生死業果ナクハ一切賢聖モ大道ヲ窮ルコトナク。諸仏出世シテ衆生ヲ利益シタマフコトナキシヤ。真正ノ道人此中ニ実相ニ達スル。果ヲ見テ因ニ達スル。是ナク非ナク。得ナク失ナシ。此身此ニ在テ逈然トシテ世外ニ遊フ。因ヲ看テ果ニ通スル。自ナク他ナク。縛ナク脱ナシ。唯善相応シテ常ニ世人ヲ利益スルシヤ。
-
史記 李将軍列伝諸々の広の軍吏及び士卒或いは封侯を取る。広嘗て望気の王朔と燕語して、曰く、「漢の匈奴を撃ちしより広未だ嘗て其の中に在らざることあらず。而るに諸部の校尉以下、才能中人に及ばず、然れども胡を撃つの軍功を以て侯を取る者数十人。而して広は人に後れず。然れども尺寸の功の以て封邑を得る者無きは、何ぞや。豈に吾が相当に侯たるべからざるか。且つ固より命なるか」と。朔曰く、「将軍自ら念へ。豈に嘗て恨む所有るか」と。広曰く、「吾嘗て隴西の守と為る。羌嘗て反す。吾誘ひて降す。降る者八百余人。吾詐りて同日に之を殺す。今に至るまで大いに恨むは独り此のみ」と。朔曰く、「禍は已に降れるを殺すより大なるは莫し。此れ乃ち将軍の侯を得ざる所以の者なり」と。後二歳、大将軍・驃騎将軍大いに出でて匈奴を撃つ。広数々自ら行かんことを請ふ。天子以て老いたりと為し、許さず。良久しくして乃ち之を許し、以て前将軍と為す。是の歳は、元狩四年なり。広既に大将軍青に従ひて匈奴を撃ち、既に塞を出づ。青虜を捕へて単于の居る所を知り、乃ち自ら精兵を以て之に走り、而して広をして右将軍の軍に并せて、東道より出でしむ。東道は少しく回遠にして、大軍の行くに水草少なく、其の勢屯行せず。広自ら請ひて曰く、「臣の部は前将軍為り。今大将軍乃ち徙して臣をして東道より出でしむ。且つ臣結髪より匈奴と戦ふ。今乃ち一たび単于に当たるを得たり。臣願はくは前に居り、先づ単于に死せん」と。大将軍青も亦陰かに上の誡めを受く。以為へらく李広は老いて、数奇なり、単于に当たらしむる毋かれ、恐らくは欲する所を得ざらんと。而して是の時公孫敖新たに侯を失ひ、中将軍と為りて大将軍に従ふ。大将軍も亦敖をして与に倶に単于に当たらしめんと欲す。故に前将軍広を徙す。広時に之を知り、固く自ら大将軍に辞す。大将軍聴かず。長史をして書を封じて広の莫府に与へしめ、曰く、「急に部に詣れ。書の如くせよ」と。
-
『驢鞍橋』卷上一日因果の理を破る者に示して曰く、我人を打てば人亦我を打つ、人に能く向へは人亦我によし。是れ眼前の道理なり。其上三時業報の因果歴然の仏説明也。然るに仏説を信せぬは、其方は仏より上なり、近頃珍しき人也。亦彼の者誦経すれば口が成仏仕るやと云ふ。師曰、先づ口なりとも成仏するかよきなり。総して今時勤めは心に有りて業にあらすと云ふ者錯多しと也。
-
『修証義』第一章 総序今の世に因果を知らず。業報を明らめず。三世を知らず、善悪を弁へざる邪見の党侶には群すべからず。大凡因果の道理、歴然として私なし。造悪の者は堕ち。修善の者は陞る、毫釐も貳はざるなり。若し因果亡じて虚しからんが如きは、諸仏の出世あるべからず、祖師の西来あるべからず。
-
『十善法語』巻第十二・不邪見戒之下谷響モ声アル。鏡像モヨク笑ヲ含ム。此アレハ彼アリ。彼起レハ此応スル。彼ト此ト。一ト云ヘカラス。異ト云ヘカラス。心ト境ト。一ト云ヘカラス。異ト云ヘカラス。心転スレハ境界モ随テ遷ル。境転スレハ心モ自ラ変スル。善業ヲ作セハ。此善業カ直ニ諸天ノ境界トナル。仏菩薩ノ境界トナル。悪業ヲ作セハ。此悪業カ直ニ畜生阿修羅トナル。餓鬼地獄トナル。諸天境中ニハ。此心直ニ歓楽遊戯ス。三悪趣境中ニハ此心直ニ苦悩逼迫ス。菩薩境中ニハ此心直ニ三学六度ヲ現ス。諸仏境中ニハ。此心直ニ無漏大定智悲ヲ現ス。因果報応ハ。信シテ信セラルルコトソ。信シテ信シソコナヒノナイコトソ。此断常ノ二見ヲ超過スレハ。必ス正智慧ヲ生スル。正智慧ヲ得レハ。生死ニ自在ヲ得ル。到ル処正法シヤ。到ル処聖智見シヤ。
-
『正法眼蔵随聞記』巻一或時奘問て云く、如何是不味因果底道理、師云く、不動因果なり、云く、なんとしてか脫落せん、師云く、因果歴然なり、云くかくの如くならば因、果を引起すや、果、因を引起すや、師云く、総てかくの如くならばかの南泉の猫児を斬るがごとき、大衆既に道ひ得ず、便ち猫児を斬却しおはりぬ、後に趙州頭に草鞋を戴きて出たりし、亦一段の儀式なり、