牧民忠告 / 拜命
夫及物之心,人孰不有,第材質強劣,有所不同。苟即其所短而痛自克治,則官無難為,事無不集者矣。弛緩克之以敏,浮薄克之以莊,率略克之以詳,煩苛克之以大體。苟不度所任,一循己之偏而處之,鮮有不敗者矣。古人佩弦佩韋,亦皆此意。今人往往讀書無益,蒞官不才者,皆由狃於習而不知痛自克治故也。
新字:夫及物之心,人孰不有,第材質強劣,有所不同。苟即其所短而痛自克治,則官無難為,事無不集者矣。弛緩克之以敏,浮薄克之以荘,率略克之以詳,煩苛克之以大体。苟不度所任,一循己之偏而処之,鮮有不敗者矣。古人佩弦佩韋,亦皆此意。今人往往読書無益,蒞官不才者,皆由狃於習而不知痛自克治故也。
書き下し
夫れ物に及ぼすの心、人孰(たれ)か有らざらん、第(た)だ材質の強劣、同じからざる所有り。苟くも其の短き所に即(つ)きて痛く自ら克治(こくじ)すれば、則ち官に為(な)し難きこと無く、事に集(な)らざる者無し。弛緩(しかん)は之を克(おさ)むるに敏を以てし、浮薄は之を克むるに荘を以てし、率略(そつりゃく)は之を克むるに詳を以てし、煩苛(はんか)は之を克むるに大体を以てす。苟くも任ずる所を度(はか)らず、一(いつ)に己の偏に循(したが)いて之に処せば、敗れざる者鮮(すく)なし。古人は弦を佩(お)び韋(い)を佩ぶ、亦皆此の意なり。今人往々にして書を読むも益無く、官に蒞(のぞ)みて才ならざる者は、皆習いに狃(な)れて痛く自ら克治するを知らざるに由るなり。
現代語訳
そもそも他人に及ぼす思いやりの心は、誰にでもあるものだが、ただ生まれつきの資質の強弱には違いがある。もしその短所に気づいて厳しく自制すれば、役所の仕事でできないことはなく、事はすべて成し遂げられる。だらけがちな性分は機敏さで正し、軽薄な性分は重厚さで正し、大ざっぱな性分は綿密さで正し、細かすぎる性分は大局観で正す。もし自分が担う職務を考えず、ひたすら自分の偏った性分のままに事に当たれば、失敗しない者はほとんどいない。昔の人が弦や韋(なめし革)を身につけて自分を戒めたのも、みなこの意味である。今の人が書物を読んでも役に立たず、官についても無能なのは、みな習慣に慣れきって厳しく自制することを知らないからである。
解説
この条は、人にはそれぞれ生まれつきの性分の偏りがあり、それを自覚して意識的に矯正することこそ職務遂行の要だと説く。弛緩には敏、浮薄には荘、率略には詳、煩苛には大体という具体的な処方箋を示す点に、実務書としての性格が表れている。抽象的に「己を修めよ」と言うのではなく、自分の弱点の種類ごとに対処法を変えるべきだという発想は、現代の人材育成やセルフマネジメントにも通じる。管理職やリーダーにとっても、自分の性格の癖を把握し、その癖が業務の失敗につながる場面を先回りして補正する姿勢が求められる。
この章句が説くこと
克性之偏自制資質矯正
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