水五訓は、水のありようになぞらえて人の生き方を説いた五つの訓えです。黒田官兵衛が残したと伝えられ、いまも多くの経営者が座右の銘に挙げます。原文の全五訓を確かめ、出典をめぐる事情を押さえたうえで、下敷きにある老子の水と読み比べていきます。

水五訓とは — 読み方と原文

読み方

水五訓は「みずごくん」、水五則は「みずごそく」と読みます。呼び方が二通りありますが、指しているものは同じです。

原文(全五訓)

一、自ら活動して他を動かしむるは水なり

二、障害にあい激しくその勢力を百倍し得るは水なり

三、常に己の進路を求めて止まざるは水なり

四、自ら潔うして他の汚れを洗い清濁併せ容るるは水なり

五、洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり雪と変じ霰と化し凝しては玲瓏たる鏡となりたえるも其の性を失わざるは水なり

いずれも「〜は水なり」で結ばれます。水はこうである、とだけ言い、人はこうあれとは言っていません。読む側が自分に引き寄せる余地を残した書き方です。

なお、伝わる過程で表記には異同があります。第二訓を「障害に逢ひて激して勢力を倍加するは水なり」、第四訓を「自ら潔くして他の汚濁を洗ひ清濁併せ入るる量あるは水なり」とする形も広く見かけます。文意はいずれも変わりません。

出典について — 黒田官兵衛と諸説

「如水」という号

水五訓は、戦国時代の軍師黒田官兵衛(黒田孝高)の作と伝えられます。官兵衛は晩年に如水と号しました。水の如し——号そのものが水を掲げているため、この人の作だという言い伝えは自然に受け入れられてきました。

ただし、出典には諸説あります

一方で、水五訓の出どころをたどると、官兵衛の同時代までさかのぼれる確かな資料は見つかっていません。作者については諸説あり、断定はできないというのが実際のところです。

伝承の経路として仏教方面の名も挙がります。大和ハウス工業の創業者・石橋信夫氏は水五訓を好んで引用したことで知られますが、この言葉は曹洞宗大本山永平寺の管長から授かったと言われています。同社のみらい価値共創センターにある瞑想ルームでは、いまも水五訓の映像が流れているそうです。

作者が誰かを確定できなくても、この五訓の値打ちが減るわけではありません。ただ、引くときは「黒田官兵衛の作と伝えられる」と添えておくのが正確でしょう。

下敷きにある老子の水

水を手本として人のありようを説く、という発想そのものは、はるかに古くからあります。老子です。

上善は水の若し

上善若水。水善利萬物而不爭,處眾人之所惡,故幾於道。

書き下し: 上善は水の若し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る、故に道に幾し。

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最上の善は水のようだ。水は万物を潤しながら争わず、人が嫌う低いところに身を置く。だから道に近い——老子第八章です。水五訓の第一訓と第四訓は、この一節と地続きに読めます。

天下に水より柔弱なるは莫し

天下莫柔弱於水,而攻堅強者莫之能勝,其無以易之。弱之勝強,柔之勝剛,天下莫不知,莫能行。

書き下し: 天下に水より柔弱なるは莫し。而も堅強を攻むる者、之に能く勝る莫し。其れ以て之に易うる無し。弱の強に勝ち、柔の剛に勝つは、天下知らざる莫きも、能く行う莫し。

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天下に水ほど柔らかく弱いものはない。それでいて、堅く強いものを攻めるのに水に勝るものはない。第二訓「障害にあい激しくその勢力を百倍し得る」の背後にあるのは、この見方です。

最後の一句が効いています。天下に知らない者はないが、行える者はいない。水に学べという話は、誰でも知っていて、誰もできない。水五訓を座右の銘に掲げる人が多い理由と、掲げただけで終わる理由が、同時に書かれています。

第一訓から第三訓 — 動く、耐える、進む

一、自ら活動して他を動かしむるは水なり

率先垂範のことです。水は常に自分から動き、周りのものを動かしていきます。

リーダーシップも同じで、座って指示を出しているだけでは、組織はなかなか前に進みません。リーダーの力は、言葉よりも行動で示される。経営者が率先して動き、模範を示すことで、まわりも自然と引かれていきます。自分が望むだけの努力や犠牲を自ら払い、困難にも屈しない姿勢を見せることで、共感が生まれます。

イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏は、掃除を率先垂範した人物として知られます。最初は鍵山氏だけが店舗の掃除をしていて、社員は何の関心も示さなかったそうです。それでも続けているうちに、少しずつ共感が広がっていきました。掃除という具体的な行動を通じて「社長がやっているから、私たちもやろう」という空気が生まれ、それが企業文化になっていった。第一訓そのものの実例です。

二、障害にあい激しくその勢力を百倍し得るは水なり

逆境を力に変える、ということです。水は障害にぶつかると、勢いを増します。

京セラの創業当初、稲盛和夫氏は松下電器からの値下げ要求に再三悩まされました。京セラは大手の下請けとして出発し、毎年のように価格交渉が行われたのです。松下電器はブラウン管の絶縁材料として京セラが開発したファインセラミックスを使っており、生産が拡大するにつれ、数量増を理由とした値下げ要求が常態化しました。

稲盛氏はその厳しい要求を逆手に取りました。この要求こそが京セラを鍛え、他社にない競争力を築く契機になった、と後に語っています。障害が勢いに変わるとは、こういうことです。

三、常に己の進路を求めて止まざるは水なり

自分で決めた道を進む覚悟のことです。水は絶え間なく進みますが、ただ流されているのではありません。自ら進路を見つけ、切り拓いている

経営者にとって、これは会社のビジョンを示すことにあたります。ビジョンとは会社の進路です。それがなければ、社員は何をしてよいか途方に暮れます。また、問題や困難に直面したときに他者へ責任を押しつけず、自分で考えて新しい進路を見つける覚悟も、この訓えに含まれます。

ビジョンの大切さはほとんどのリーダーが分かっています。それでも「忙しくてビジョンを考える時間がない」と言う。しかしジョン・コッターに言わせれば、忙しいからビジョンが描けないのではなく、ビジョンが描けないから忙しいのです。大きな事業を実現する人は、日々の仕事に追われながらも大きなビジョンを持っています。だからぶれずに、毎日その方向の成果を出し続けられます。

第四訓と第五訓 — 容れる、変わる

四、自ら潔うして他の汚れを洗い清濁併せ容るるは水なり

清くありながら、濁りも受け入れる。この二つを同時に、というのが第四訓です。

水は清らかであることが基本で、経営者にも清廉であることが求められます。しかしそれだけではありません。他の汚れを洗い、清と濁を併せて容れる量があることが、水の特性として挙げられている。潔癖なだけでは、水にならないのです。

ケーズデンキの創業者・加藤馨氏の姿勢が、この訓えを体現していると言われます(以下、株式会社流通ビジネス研究所所長・川添聡志氏の記事を参考)。加藤馨氏は、加藤電機商会の時代、有能な社員が中途退職する際にも、最低限の礼儀として「直近の援助分の埋め合わせとして、この期間だけはしっかり仕事をするように」と告げ、退職後もその社員との付き合いを大切にしました。一度離れた相手とも誠実な関係を保ったため、後に組合を脱会する際にも角が立たなかった。脱会後も組合への支援を惜しまなかったといいます。

正しさを通しながら、周囲との関係も切らない。加藤修一氏もその姿勢を継ぎ、量販店を目指すなかで競合や組合との関係を保ち、門戸を広く開いたままにしました。清濁を併せ容れる度量が、社内外の関係を円滑にし、組織を健全に保つことにつながっています。

五、洋々として大洋を充たし……其の性を失わざるは水なり

変化しても本質を失わない、ということです。水は蒸気になり、雲になり、雨になり、雪になり、霰になり、凍れば玲瓏たる鏡になる。それでも水であることをやめません。

任天堂を思い浮かべます。花札やトランプから始まった会社が、いまや家庭用ゲーム機の会社として成長を続けている。Wiiでは家族全員で楽しめるコンセプトを打ち出して母親層を取り込み、Nintendo Switchでは持ち運びと多様な遊び方を提案しました。「あつまれ どうぶつの森」は、外出が難しくなった時期の空気にそのまま応えています。

形はいくらでも変わる。それでも「娯楽に徹せよ。独創的であれ」という姿勢は変わらない、と言われます。らしさ×時代の空気が強いブランドを作る、という言い方もできるでしょう。これが第五訓の「其の性を失わざる」にあたります。

如水 — 水のように経営する

五つを並べ直すと、水五訓が求めているものが見えてきます。

  1. 自分から動く
  2. 障害でかえって強くなる
  3. 進路を自分で決める
  4. 清くありながら、濁りも容れる
  5. 形は変えても、本質は変えない

一つひとつは別々の徳目のようですが、水という一つのものの性質として語られている点が大事です。別々に身につけるのではなく、一つの姿勢の別々の面として書かれている。

黒田官兵衛が如水と号したのも、老子が上善を水に喩えたのも、同じところを見ていたのでしょう。そして老子が書き添えたとおり、知らない者はいないが、行える者はいない。座右の銘に掲げたあとに何が変わったかを、ときどき自分で点検するくらいが、ちょうどよいのかもしれません。

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