「一利を興すは一害を除くに如かず」。新しく良いことを一つ始めるより、悪いことを一つ取り除くほうがよい——モンゴル帝国に仕えた宰相、耶律楚材の言葉です。出典を確かめ、その人物を知り、なぜこれが経営者にとって効く言葉なのかを見ていきます。
「一利を興すは一害を除くに如かず」の意味
読み方と意味
一利を興すは一害を除くに如かず(いちりをおこすは いちがいをのぞくに しかず)。
有利なことを一つ始めるよりも、有害なことを一つ取り除いたほうがよい、という意味です。
続く一句 —「一事を生ずるは一事を省くに如かず」
この言葉には対になる一句が続きます。
一事を生ずるは一事を省くに如かず。新しいことを一つ始めるよりも、余計なことを一つやめるほうがよい。
二つ合わせて読むと、主張がはっきりします。足すより、減らせ。しかも「減らしたほうが同じくらい良い」ではなく、減らすほうが上だと言い切っています。
大平正芳元首相が座右の銘としたことでも知られます。
出典は『元史』耶律楚材伝
原文
出典は元代の正史『元史』、巻百四十六・列伝第三十三の耶律楚材伝です。
常曰:「興一利不如除一害,生一事不如省一事。」
書き下し: 常に曰く、「一利を興すは一害を除くに如かず、一事を生ずるは一事を省くに如かず」と。
常曰——常々こう言っていた、と書かれています。一度の名言ではなく、この人が繰り返し口にしていた原則だった、ということです。
なお日本では「如かず」を「若かず」、「省く」を「滅する」と表記した形でも広く引かれます。字は違いますが、意味は変わりません。
どんな場面で言われたのか
『元史』は「常曰」としか書いていないため、どの案件についての発言だったのかは分かりません。ただ、彼が置かれていた立場を知れば、この言葉の重さは伝わってきます。
耶律楚材という人物
耶律楚材(やりつそざい、1190〜1244)は、モンゴル帝国の初代皇帝チンギス・ハンと、その後継のオゴタイ・ハーンに仕えた重臣です。
チンギス・ハンに呼び出されて会談したとき、「長い髭の男」と呼ばれ、高く評価されたと伝えられます。翌年には西征に同行しました。オゴタイ・ハーンの時代には軍事と国事の議論に加わり、大臣の礼制を整え、税制を確立し、法の大枠をつくったとされます。
とりわけ大きいのは、軍が都市を占領したときに住民を虐殺する旧来のやり方を改めさせたことでしょう。占領した土地の人々をそのまま生かす方向へ舵を切りました。あわせて編纂所や経典所を設け、儒教の古典を印刷し、学者を育てる学校を開いています。
チンギス・ハンは息子のオゴタイに「楚材は天からわが家に賜った人だ。これからの国政はすべて彼に任せるがよい」と語ったと伝えられます。
つまりこの言葉は、急拡大する巨大組織の制度設計を一手に担った人物の口から出ています。何かを始める権限を誰よりも持っていた人が、始めるより減らせと言い続けた。そこにこの一句の重みがあります。
老子も、同じことを言っている
減らすことを上に置く考え方は、老子にもあります。
為學日益,為道日損。損之又損,以至於無為。無為而無不為。
書き下し: 学を為せば日々に益し、道を為せば日々に損す。之を損じて又た損じ、以て無為に至る。無為にして為さざる無し。
学問をすれば日ごとに増え、道を行えば日ごとに減る。減らして、また減らして、無為に至る。そして無為でありながら、なされないことはない。
増やすことと減らすことを、別々の営みとして並べているのが要点です。知識や手数は増やす方向で伸びる。しかし物事を運ぶ力のほうは、減らす方向で伸びる。耶律楚材の言葉は、後者の系譜にあります。
同じ老子には、こんな一句もあります。
圖難於其易,為大於其細。天下難事,必作於易;天下大事,必作於細。
書き下し: 難きを其の易きに図り、大を其の細に為す。天下の難事は、必ず易きより作り、天下の大事は、必ず細より作る。
難しくなる前に手を打てば、難しい仕事にならずに済む。害は、大きくなってから除くより、小さいうちに除くほうが安い。この一句を並べて読むと、耶律楚材の原則は、けちな引き算ではなく先手の思想だと分かります。
経営に活かす — 足す前に、減らす
理念を足していかない
どの会社にも理念があります。ミッション、ビジョン、バリュー、クレド、パーパス——言葉は違っても、会社として大事にしていることを指す点では同じです。
ところが、勉強熱心な社長ほど、これを足していきます。三つで定義していたところにパーパスが流行れば四つになる。クレドが流行れば、経営方針を掲げたうえにクレドも掲げる。
理念は大切です。だからといって足し続けてよいことにはなりません。社長には満足感があっても、社員からすれば「また社長が新しいことを言い出した。もう覚えられない」となるのが関の山でしょう。
理念は、組織全体に共有されなければ意味がありません。共有されるためには、分かりやすくシンプルである必要があります。理念らしきものが増えるほど複雑性は増し、共有の難易度は上がる。理念を足すのは、まさに「一事を生ずる」ことです。
新規事業を興すより、畳む判断を
事業についても同じことが言えます。経営を安定させるには多角化が大事だと言われます。しかし、多角化を進めるより、生産性が低く儲かっていない事業を畳むほうが有効なケースは多々あります。
社長は起業家精神が強いので、どんどん新しいことを始めたがります。まさに一利を興したがる人種です。しかし新規事業を起こせば、会社の資源も気力も大きく割かれます。それを埋め合わせるだけの利が得られるかは分かりません。
まず既存事業のうち畳んだほうがよいものを畳み、空いた資源で新規事業を始める。その順序のほうが、うまくいくことは多いはずです。
多角化するなら、撤退ルールを先に
そもそも多角化が正解かも分かりません。ユニクロやニトリは、ある程度の規模になるまで多角化どころかワンブランドで一点突破してきました。新規事業を考えるより、本業で確固たる地位を築くほうが、よほど経営の安定につながります。
多角化を進めるなら、撤退のルールを先に決めておくことです。儲かっていない事業をずるずる続ける原因は、たいてい社長の思い込みにあります。「これはいつか花開くに違いない」という顧客不在の願望か、「これだけ投資したのだから成功しないと困る」という過去へのこだわり。どちらも「一害を除く」ことの妨げになります。判断が鈍る前にルールを置いておく、というだけの話です。
戦略とは、やらないことを決めること
戦略についても同じです。よく言われるとおり、戦略とはやらないことを決めることです。これはまさに「一事を省く」ことにあたります。
あれこれ手を出せば資源は分散し、本来得られるはずだった利益まで逃すことになります。
上司は、部下の無駄な戦いを減らす
管理職のなかには、社員に次々と指示を出し、あれこれやらせるのが仕事だと思っている人がいます。本来は逆です。管理職の仕事は仕組みをつくり、部下が楽に成果を出せるようにすることです。そのためには指示を多く出すのではなく、なるべく減らして、重要な仕事に集中できるようにするべきでしょう。
ルールが多い会社
「法律の多い国は無能な法律家の国である」という言葉があります。あらゆる問題を特殊な問題として個別に解決しようとするから、法律が増えていくのです。本来は、さまざまな問題をカバーできる原則的な法をつくり、シンプルに運用すべきです。
これを会社のルールに置き換えれば、ルールが多い会社の社長は無能、ということになります。トラブルが起きるたびに新しいルールを足していき、誰も覚えられないほど増えている会社があります。少ないルールで多くの事象に対応できるようにするのが筋です。
耶律楚材も法を定める立場にいました。この言葉は、その経験から生まれたのかもしれません。
なお、『トム・ソーヤーの冒険』で知られるマーク・トウェインは、知人への手紙の最後にこう書き添えたと言われます。
手紙が長くて申し訳ない。短い手紙を書く時間が無かった。
普通に考えれば、時間がなければ手紙は短くなります。しかし一流の作家の考え方は逆でした。じっくり考えれば、伝えたいことは短く収まる。だらだら書き連ねるのは、考え切れていない証拠だ、というわけです。社内ルールを作るときにも、そのまま当てはまります。
整理は、整頓より先に来る
5Sや整理整頓に取り組んでいる会社なら、これが「一事を省く」ことから始まると実感されているはずです。
整理整頓は、掃除のことではありません。「整理」して「整頓」するという語順が大切です。
- 整理……要るものと要らないものを分け、要らないものを捨てること
- 整頓……必要なものを、必要なときに、必要なだけ取り出せる状態にすること
部屋を整理整頓しようとして、まず収納ケースを買いに行く人がいます。これは減らす前に足してしまっている。正しい順序は、まず妨げになっている「一害」を取り除くことです。
何かを思いついたら、同時に何をやめるかを考える
事業そのものの話から、身近な整理整頓まで見てきました。資源がそう豊富でもないのに、あれこれ手を出している会社は、仕組み化が進みません。不要な事業、不要な戦略、不要なルール、不要な物を減らし、経営自体をシンプルにする。それが先です。そうして社長の頭の中もシンプルになり、精神的にも物理的にも余裕ができて、はじめて仕組み化が進みます。
何かアイデアを思いついたら、それを実行する余力を作るために、何をやめるかを同時に考える。この癖をつけておくと、耶律楚材の原則は経営の中で生きて働きはじめます。