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廟堂忠告 / 遠慮第四

天下之事,知其已然,不知其將然者,眾人也。因其已然而將然未然,逆而知之,非深識遠慮者不能。室已焚而徙薪,舟已溺而市壺,疾已成而求艾,雖殫力為之,無及矣。今夫隆然之堤,有容蟻之穴,宜若無所損,然周於識者,必塞而實之,慮其久而必必底於訌潰故也。天下之事,皆能如是慮之,尚何後患之有哉?大拞自古國家之所以不治,臣子之所以不軌,固非一朝一夕之積,良由今日以某事為小過而不諫,明日以某人為小罪而不懲,日引月深,不自知其禍亂之成也。故臣之於君,獻可替否,而不敢萌一毫姑息之心,始以為無傷,卒至大可傷,始以為不足慮,卒至深可慮。惟君子為能見微知著,思患而預防之:於飲宴則防流連,於田獵則防荒縱,於營繕則防踰制,於貨財則防損民,於爵賞則防僣,及於刑法則防濫殺,於君子則防疏遠,於小人則防玩狎,於聽覽則防容奸,於征伐則防瀆武。夫君之於臣,亦有所當遠慮者:雖愛而不錫以過分之賞,雖舊而不授以非據之官,雖親而不交以褻瀆之談。盖尊卑之分嚴,則上下之體定;上下之體定,則禍亂無自而生,天下之事可次第而治矣。

新字:天下之事,知其已然,不知其将然者,眾人也。因其已然而将然未然,逆而知之,非深識遠慮者不能。室已焚而徙薪,舟已溺而市壺,疾已成而求艾,雖殫力為之,無及矣。今夫隆然之堤,有容蟻之穴,宜若無所損,然周於識者,必塞而実之,慮其久而必必底於訌潰故也。天下之事,皆能如是慮之,尚何後患之有哉?大拞自古国家之所以不治,臣子之所以不軌,固非一朝一夕之積,良由今日以某事為小過而不諫,明日以某人為小罪而不懲,日引月深,不自知其禍乱之成也。故臣之於君,献可替否,而不敢萌一毫姑息之心,始以為無傷,卒至大可傷,始以為不足慮,卒至深可慮。惟君子為能見微知著,思患而預防之:於飲宴則防流連,於田猟則防荒縦,於営繕則防踰制,於貨財則防損民,於爵賞則防僣,及於刑法則防濫殺,於君子則防疏遠,於小人則防玩狎,於聴覧則防容奸,於征伐則防瀆武。夫君之於臣,亦有所当遠慮者:雖愛而不錫以過分之賞,雖旧而不授以非拠之官,雖親而不交以褻瀆之談。盖尊卑之分厳,則上下之体定;上下之体定,則禍乱無自而生,天下之事可次第而治矣。

書き下し

天下の事、其の已(すで)に然(しか)るを知りて、其の将(まさ)に然らんとするを知らざる者は衆人なり。其の已に然るに因りて将に然らんとして未だ然らざるを、逆(さかのぼ)りて之を知るは、深識遠慮(しんしきえんりょ)の者に非ざれば能わず。室已に焚けて薪を徙(うつ)し、舟已に溺れて壺(こ)を市(か)い、疾(やまい)已に成りて艾(もぐさ)を求むるは、力を殫(つく)して之を為すと雖も、及ぶ無し。今夫れ隆然(りゅうぜん)たる堤に、蟻(あり)を容るるの穴有るも、宜しく損う所無きが若しと雖も、然れども識に周(あまね)き者は、必ず塞ぎて之を実(み)たす。其の久しくして必ず必ず訌潰(こうかい)に底(いた)るを慮(おもんぱか)るが故なり。天下の事、皆能く是くの如く之を慮らば、尚(な)お何の後患か之れ有らんや。大氐(たいてい)、古(いにしえ)より国家の治まらざる所以、臣子(しんし)の軌(き)ならざる所以は、固(もと)より一朝一夕の積(つ)みに非ず。良(まこと)に今日某事(ぼうじ)を以て小過(しょうか)と為して諫(いさ)めず、明日某人を以て小罪と為して懲(こ)らさず、日に引き月に深く、自ら其の禍乱の成るを知らざるに由るなり。故に臣の君に於けるや、可を献じ否を替(す)て、敢えて一毫(いちごう)の姑息(こそく)の心を萌(きざ)さず。始めは以て傷無しと為すも、卒(つい)に大いに傷むべきに至り、始めは以て慮るに足らずと為すも、卒に深く慮るべきに至る。惟(ただ)君子のみ能く微(び)を見て著(ちょ)を知り、患いを思いて之を予防す。飲宴に於いては則ち流連(りゅうれん)を防ぎ、田猟(でんりょう)に於いては則ち荒縦(こうしょう)を防ぎ、営繕(えいぜん)に於いては則ち踰制(ゆせい)を防ぎ、貨財に於いては則ち民を損なうを防ぎ、爵賞に於いては則ち僭(せん)を防ぎ、刑法に及びては則ち濫殺(らんさつ)を防ぎ、君子に於いては則ち疎遠を防ぎ、小人に於いては則ち玩狎(がんこう)を防ぎ、聴覧(ちょうらん)に於いては則ち姦(かん)を容るるを防ぎ、征伐に於いては則ち武を瀆(けが)すを防ぐ。夫れ君の臣に於けるや、亦た当(まさ)に遠慮すべき所有り。愛すと雖も過分の賞を錫(たま)わず、旧(ふる)しと雖も非拠(ひきょ)の官を授けず、親しと雖も褻瀆(せつとく)の談を交えず。蓋(けだ)し尊卑の分(ぶん)厳なれば、則ち上下の体(たい)定まる。上下の体定まれば、則ち禍乱(からん)自(よ)りて生ずる無く、天下の事、次第に治むべし。

現代語訳

世の中の出来事について、すでに起きたことは理解できても、これから起こるであろうことがわからないのが凡人である。すでに起きたことをもとに、まだ起きていないがこれから起こるであろうことを、さかのぼって見抜くのは、深い見識と遠い先見を持つ者でなければできない。家がすでに焼けてから薪を移動し、舟がすでに沈んでから浮き袋を買い求め、病気がすでに重くなってからもぐさを求めるようでは、いくら力を尽くしても手遅れである。今、盛り上がった堤防にアリの穴があっても、大した損害はなさそうに見える。しかし見識のある人は必ずそれを塞いで埋め立てる。長い間放置すれば必ずいつか決壊に至ると考えるからである。世の中の物事すべてをこのように用心深く考えられれば、いったいどんな後の憂いがあろうか。だいたい昔から国家が治まらない理由、臣下が道を踏み外す理由は、決して一朝一夕に積み重なったものではない。実際には、今日はある事を小さな過ちとして諫めず、明日はある人物を小さな罪として咎めず、日々月々そうしたことが積み重なって、自分でも気づかないうちに大きな災いへと成長していくのである。だから臣下たる者は、君主に対して良いことは進言し悪いことは退けるべきで、少しでも姑息な妥協の心を持ってはならない。最初は「大したことはない」と思っても、最後には取り返しのつかない大事になり、最初は「気にするほどでもない」と思っても、最後には深く憂慮すべき事態に至る。ただ君子だけが、わずかな兆しから明らかな結果を見抜き、災いを予測してあらかじめ防ぐことができる。酒宴においては遊びにふけって帰るのを忘れることを防ぎ、狩猟においては放縦になることを防ぎ、造営・修繕においては規定を超えることを防ぎ、財貨の扱いにおいては民を損なうことを防ぎ、爵位や褒賞においては身分不相応な扱いを防ぎ、刑罰においてはむやみな殺害を防ぎ、君子に対しては疎遠になることを防ぎ、つまらぬ小人に対してはなれ合いになることを防ぎ、物事を見聞きするにあたっては悪人につけ込まれることを防ぎ、軍事行動においては武力の濫用を防ぐ。また君主が臣下に対しても、当然遠く思慮すべきことがある。可愛がっていても分不相応な褒賞を与えず、古くからの付き合いであっても不相応な官職を授けず、親しくても軽々しく無礼な話を交わさない。そもそも身分の上下の区別が厳格であれば、上下の秩序が定まる。上下の秩序が定まれば、災いや混乱がどこからも生じることはなく、世の中の事は順を追って治まっていくのである。

解説

本章は「遠慮」すなわち先を見通す深い思慮を宰相の要諦として説く。まだ起きていない兆しを見抜く先見性を、火事や難破、病気など手遅れの比喩と、堤防の蟻の穴という小さな異変を放置すれば必ず決壊するという比喩で対比的に示す。国家の乱れは一朝一夕に生じるのではなく、小さな過ちを見逃し続けることの積み重ねであるという指摘は、リスク管理の本質を突いている。さらに、飲宴・狩猟・営繕・財政・人事・刑罰・人間関係・情報・軍事という広範な領域にわたって具体的な予防策を列挙し、君主が臣下に対しても過分な恩賞や不相応な地位を与えるべきでないと説く点は、組織の秩序維持における公正な基準の重要性を示す。現代の経営者にとっても、小さな兆候や例外を「大したことはない」と見過ごさず、早期に手当てする姿勢と、身分・権限の一貫した秩序を保つことが、大きな危機を未然に防ぐ鍵であるという教訓が読み取れる。

この章句が説くこと

遠慮先見予防秩序

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