牧民忠告 / 宣化
學校乃風化之本,俗吏多忽焉不以為務,是不知天秩民彞,一切治道,胥此焉出。暇則率僚寀以觀講習,或生徒有未濟,廩餼有未充,祭物有未完,教養有未至,激勸有未周,皆敦篤以成之。久則弦誦之聲作,而禮義之俗可興矣。
新字:学校乃風化之本,俗吏多忽焉不以為務,是不知天秩民彞,一切治道,胥此焉出。暇則率僚寀以観講習,或生徒有未済,廩餼有未充,祭物有未完,教養有未至,激勧有未周,皆敦篤以成之。久則弦誦之声作,而礼義之俗可興矣。
書き下し
學校は乃ち風化の本(もと)なるに、俗吏多く忽(ゆるが)せにして以て務めと為さず、是れ天秩民彞(てんちつみんい)、一切の治道、胥(みな)此に焉(これ)より出づるを知らざるなり。暇あれば則ち僚寀(りょうさい)を率いて以て講習を觀(み)、或いは生徒未だ濟(な)らざる有り、廩餼(りんき)未だ充(み)たざる有り、祭物未だ完(まった)からざる有り、教養未だ至らざる有り、激勸未だ周(あまね)からざる有らば、皆敦篤(とんとく)にして以て之を成す。久しければ則ち弦誦(げんしょう)の聲作(おこ)りて、禮義の俗興すべし。
現代語訳
学校は風俗教化の根本であるのに、凡庸な役人の多くはこれをおろそかにして自分の務めとは考えない。これは、天の秩序と人の倫理、あらゆる統治の道が皆この学校から生まれ出るということを知らないためである。暇があれば同僚を率いて講習の様子を見に行き、もし生徒の学業が十分でない者があれば、扶持米が足りていなければ、祭祀の供物が整っていなければ、教育の内容が至らなければ、奨励が行き渡っていなければ、すべて手厚く整えてこれを成し遂げるべきである。これを続ければ、やがて学び舎に読書の声が響き、礼儀の風俗を興すことができるだろう。
解説
「勉學」は、学校教育こそがあらゆる統治の根本であるという認識のもと、県令自らが教育行政に関与すべきだと説く一条である。張養浩は、俗吏が学校を軽視しがちな現状を批判し、生徒の学業、扶持、祭祀、教育内容、奨励という具体的な項目にまで目を配ることを求める。教育は成果がすぐに見えにくいために後回しにされがちだが、長期的には組織や地域の質を決定づける最も基礎的な投資である。現代の組織運営においても、人材育成は日々の業務に追われて疎かにされやすいが、トップ自らが定期的に現場を確認し、必要な資源を手当てする姿勢が、長期的な組織力の向上につながる。
この章句が説くこと
勉学教育風化人材育成
関連する章句
-
孟子・離婁章句下逄蒙、射を羿に學ぶ。羿の道を盡くし、思えらく、天下惟だ羿のみ己に愈れりと為すと。是に於て羿を殺せり。孟子曰く、「是れ亦た羿も罪有り。」公明儀曰く、「宜ど罪無きが若し。」曰く、「薄しと云うのみ。惡んぞ罪無きを得ん。鄭人、子濯孺子をして衛を侵さしむ。衛、庾公之斯をして之を追わしむ。子濯孺子曰く、『今日、我が疾作り、以て弓を執る可からず。吾死なんかな。』其の僕に問いて曰く、『我を追う者は誰ぞや。』其の僕曰く、『庾公之斯なり。』曰く、『吾れ生きん。』其の僕曰く、『庾公之斯は、衛の射を善くする者なり。夫子曰く、吾れ生きんと。何の謂ぞや。』曰く、『庾公之斯は射を尹公之他に學ぶ。尹公之他は射を我に學ぶ。夫れ尹公之他は、端人なり。其の友を取ること必ず端ならん。』庾公之斯至りて曰く、『夫子何為れぞ弓を執らざる。』曰く、『今日、我疾作り、以て弓を執る可からず。』曰く、『小人は射を尹公之他に學び、尹公之他は射を夫子に學ぶ。我、夫子の道を以て、反って夫子を害するに忍びず。然りと雖も、今日の事は、君の事なり。我敢て廢せず。』矢を抽き輪に叩き,其の金を去り、乘矢を發して而る後に反れり。」
-
『韓非子』外儲說左下第三十三夫れ橘柚を樹うる者は、之を食えば則ち甘く、之を嗅げば則ち香し。枳棘を樹うる者は、成れば而ち人を刺す。故に君子は樹つる所を慎む。
-
論語 公冶長篇子曰く、『君子は人の美を成し、人の悪を成さず。小人は是に反す。』
-
論語 衛霊公篇子曰わく、憤せずんば啓せず、悱せずんば発せず。一隅を挙げて三隅を以て反さざれば、則ち復たせず。
-
論語 陽貨篇子曰わく、性相近くして、習い相遠し。
-
孟子・告子章句下魯、慎子をして將軍為らしめんと欲す。孟子曰く、「民を教えずして之を用うるは、之を民を殃すと謂う。民を殃する者は、堯舜の世に容れられず。一たび戰いて齊に勝ち、遂に南陽を有つとも、然も且つ不可なり。」慎子勃然として悅ばずして曰く、「此は則ち滑釐の識らざる所なり。」曰く、「吾、に明らかに子に告げん。天子の地は方千里。千里ならざれば、以て諸侯を待つに足らず。諸侯の地は方百里。百里ならざれば、以て宗廟の典籍を守るに足らず。周公の魯に封ぜらるるや、方百里為り。地足らざるに非ず。而も百里に儉せり。太公の齊に封ぜらるるや、亦た方百里為り。地足らざるに非ず。而も百里に儉せり。今魯は方百里なる者五あり。子以為らく、王者作ること有らば、則ち魯は損する所在るか、益する所在るかと。徒に諸を彼に取りて以て此に與うるすら、然も且つ仁者は為さず。況んや人を殺して以て之を求むるに於てをや。君子の君に事うるや、務めて其の君を引きて、以て道に當り仁に志さしむるのみ。」