酔古堂剣掃 / 集醒・瑕瑜掩はず
古之人,如陳玉石於市肆,瑕瑜不掩;今之人,如貨古玩於時賈,真偽難知。
書き下し
古の人は、玉石を市肆に陳ぬるが如く、瑕瑜掩はず。今の人は、古玩を時賈に貨るが如く、真偽知り難し。
現代語訳
昔の人は、玉や石を市場の店先に並べるようなもので、傷も美しさも隠しませんでした。今の人は、骨董品を当世の商人に売るようなもので、本物か偽物か見分けがつきません。
解説
昔の人の率直さと、今の人の分かりにくさを、市場の品物にたとえて対比した対句です。瑕は玉の傷、瑜は玉の美しい輝きで、瑕瑜掩わずとは、欠点も長所も隠さずさらけ出していることです。昔の人は、自分の良いところも悪いところもそのまま見せていたので、人柄がよくわかりました。今の人は、骨董商が品物に箔をつけて売るように、自分を飾り立てているので、どこまでが本当の姿なのかわかりません。これは明末の世相への批判ですが、自分をよく見せることに慣れた今の時代にも通じます。長所も短所も率直に見せる人のほうが、かえって信頼されるものです。自分を飾りすぎていないか振り返ってみたいものです。
この章句が説くこと
誠実率直古人処世信頼
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