孫子 / 九地篇
諸侯自戰其地者,為散地;
新字:諸侯自戦其地者,為散地;
書き下し
諸侯自ら其の地に戦う者を、散地と為す。
現代語訳
諸侯が自国の領内で戦う場合、そこを散地という。
解説
九つの地の第一である。自国の領内で戦う状態を散地と呼ぶ。散という字が示すとおり、兵の心が散りやすい場所だ。家が近く、逃げ帰れる。だから結束しにくい。逆説的だが、地の利があるはずの自国内が、最も士気を保ちにくい。これは組織にもそのまま当てはまる。慣れた場所、退路のある状態では、人は本気になりにくい。撤退できる選択肢があること自体が、集中を削ぐ。新規事業を既存事業の片手間でやると進まないのは、能力の問題ではなく、この構造による。孫子は後段で、散地では戦うなと言う。戦う場所として不利だと知っているからだ。自分たちが今どこで戦っているかを見極めることが、九つの分類の出発点になる。
この章句が説くこと
散地国内退路士気自国集中
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孫子・九地篇孫子曰く、凡そ用兵の法は、散地有り、軽地有り、争地有り、交地有り、衢地有り、重地有り、圮地有り、囲地有り、死地有り。
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