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修証義 / 第一章 総序

當に知るべし今生の我身二つ無し三つ無し。徒らに邪見に墮ちて。虛く惡業を感得せん。惜からざらめや。惡を造りながら惡に非ずと思ひ、惡の報あるべからずと邪思惟するに依りて、惡の報を感得せざるには非ず。

新字:当に知るべし今生の我身二つ無し三つ無し。徒らに邪見に堕ちて。虚く悪業を感得せん。惜からざらめや。悪を造りながら悪に非ずと思ひ、悪の報あるべからずと邪思惟するに依りて、悪の報を感得せざるには非ず。

書き下し

当に知るべし今生の我身二つ無し三つ無し。徒らに邪見に堕ちて。虚く悪業を感得せん。惜からざらめや。悪を造りながら悪に非ずと思ひ、悪の報あるべからずと邪思惟するに依りて、悪の報を感得せざるには非ず。

現代語訳

知っておくがよい。この世の自分の身は、二つとなく三つとない。いたずらに誤った見方に落ちて、むなしく悪い行いの報いを受けるとしたら、なんと惜しいことではないか。悪を造りながら悪ではないと思い、悪の報いなどあるはずがないと誤って考えたからといって、悪の報いを受けずに済むわけではない。

解説

一度きりの人生だから、という言い方はよく使われるが、この節はその続きを厳しく書いている。自分で悪ではないと思い込んでも、報いがないと考えても、結果は変わらない。都合のよい解釈で自分を納得させる癖への戒めである。組織の不正でも、個人の失敗でも、これくらいは問題ないと自分に言い聞かせたときから、取り返しのつかない道が始まる。一度しかない身だからこそ、言い訳で済ませるなという節だ。

この章句が説くこと

一度きり自己欺瞞因果悪業人生戒め

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