商君書 / 徠民
且周軍之勝、華軍之勝、長平之勝、秦所亡民者幾何、民客之兵不得事本者幾何、臣竊以為不可數矣。假使王之群臣、有能用之、費此之半、弱晉強秦、若三戰之勝者、王必加大賞焉。今臣之所言、民無一日之繇、官無數錢之費、其弱晉強秦有過三戰之勝、而王猶以為不可、則臣愚不能知已。
新字:且周軍之勝、華軍之勝、長平之勝、秦所亡民者幾何、民客之兵不得事本者幾何、臣窃以為不可数矣。仮使王之群臣、有能用之、費此之半、弱晋強秦、若三戦之勝者、王必加大賞焉。今臣之所言、民無一日之繇、官無数銭之費、其弱晋強秦有過三戦之勝、而王猶以為不可、則臣愚不能知已。
書き下し
且つ周軍の勝、華軍の勝、長平の勝、秦の民を亡う所の者は幾何ぞ、民客の兵にして本を事とするを得ざる者は幾何ぞ。臣竊かに以て數うべからずと為すなり。假使し王の群臣に、能くこれを用うる有りて、此れの半ばを費やして、晉を弱め秦を強くすること、三戰の勝の若き者あらば、王は必ず大賞を加えん。今、臣の言う所は、民に一日の繇無く、官に數錢の費無くして、その晉を弱め秦を強くすること三戰の勝に過ぐる有り。而るに王は猶お以て不可と為さば、則ち臣愚にして知る能わざるのみ。
現代語訳
それに、周軍の勝利、華陽の勝利、長平の勝利で、秦が失った民はどれほどか。民や寄留者で兵に取られて生産に従事できなかった者はどれほどか。私はひそかに、数えきれないと思う。もし王の臣下の中に、これを行える者がいて、その半分の費用で晋を弱め秦を強くすること、三度の戦勝に匹敵する成果を上げる者があれば、王は必ず大きな賞を与えられるだろう。いま私が申し上げているのは、民に一日の労役もなく、官庁に数銭の出費もなくて、しかも晋を弱め秦を強くすることが三度の戦勝を上回るものである。それなのに王が不可とされるなら、私は愚かで理解が及ばないというほかない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』襄公十年 偪陽の戦い十年春、柤(さ)に會す。吳子壽夢に會するなり。三月癸丑、齊の高厚、大子光を相(たす)けて、以て先づ諸侯に鍾離に會するに、敬まず。士莊子曰く、「高子、大子を相けて以て諸侯に會す。將に社稷を是れ衛らんとするに、皆敬まず。社稷を棄つるなり。其れ將に免れざらんか」と。夏四月戊午、柤に會す。晉の荀偃・士匄、偪陽(ひつやう)を伐ちて宋の向戌を封ぜんことを請ふ。荀罃曰く、「城小にして固し。之に勝つも武ならず、勝たずんば笑ひと為らん」と。固く請ふ。丙寅、之を圍む。克たず。孟氏の臣秦堇父(しんきんぽ)、重を輦(ひ)きて役に如く。偪陽人、門を啟く。諸侯の士、門す。縣門發す。郰人(すうひと)紇(こつ)、之を抉(かか)げて、以て門に入りし者を出だす。狄虒彌(てきしび)、大車の輪を建てて、之を蒙ふに甲を以てし、以て櫓と為し、左に之を執り、右に戟を拔きて、以て一隊を成す。孟獻子曰く、「詩に所謂『力有ること虎の如し』といふ者なり」と。主人、布を縣く。堇父、之に登る。
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『墨子』辭過子墨子曰く、古の民、未だ宫を為るを知らざる時、陵阜に就きて以て居り、穴して處る。下、潤濕にして民を傷る。故に聖王、作りて宫室を為る。宫室を為るの法に曰く、髙さは以て潤濕を辟くるに足り、邊は以て風寒を圉ぐに足り、上は以て雪霜雨露を待つに足り、宫牆の髙さは、以て男女の禮を别つに足る。謹んで此に止まり、財を費やし力を勞して利を加えざる者は、為さざるなり。是の故に聖王の宫室を作り為るは、生に使するにして、以て觀樂を為さざるなり。衣服・帯履を作り為るは、身に便なるにして、以て辟怪を為さざるなり。故に身に節し、民に誨う。是を以て天下の民、得て治む可く、財用、得て足る可し。今の主に當たりては、其の宫室を為るや則ち此と異なれり。必ず厚く百姓に作斂し、暴かに民の衣食の財を奪いて、以て宫室・臺榭・曲直の望、青黄刻鏤の飾りを為る。宫室を為ること此くの若し。故に左右皆な之に法象す。是を以て其の財、以て凶饑を待ち孤寡を賑わすに足らず。故に國貧しくして民治め難きなり。君、實に天下の治を欲して其の亂を惡まば、當に宫室を為るは節せざる可からず。
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『韓非子』南面第十八人主、人臣をして言はしむる者は、必ず其の端を知りて以て其の実を責む。言はざる者は、必ず其の取舎を問ひて以て之が責を為す。則ち人臣敢へて妄言すること莫く、又敢へて黙然たらず。言・黙則ち皆責有るなり。人主事を為さんと欲して、其の端末に通ぜずして、以て其の欲を明らかにすれば、之を為す者有るも、其の為すこと利を得ず、必ず害を以て反る。此れを知る者は、理に任じて欲を去る。事を挙ぐるに道有り。其の入ることの多く、其の出づることの少なきを計る者は、為すべきなり。惑主は然らず。其の入るを計りて、其の出づるを計らず。出づること其の入るに倍すと雖も、其の害を知らず。則ち是れ名得て実亡ぶ。是くの如き者は功小にして害大なり。凡そ功なる者は、其の入ること多く、其の出づること少なくして、乃ち功と謂ふべし。
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『墨子』節用中是の故に古者、聖王、制して節用の法を為りて曰く、「凡そ天下の羣百工、輪・車・鞼・匏・陶・冶・梓・匠は、各おの其の能くする所に從事せしむ」と。曰く、「凡そ以て民用に奉給するに足る諸れは、費を加えて民の利を加えざれば則ち止む」と。
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『潜夫論』救邊且つ夫れ国は民を以て基と為し、貴は賤を以て本と為す。是を以て聖王民を養い、之を愛すること子の如く、之を憂うること家の如し。危うき者は之を安んじ、亡ぶる者は之を存し、其の災患を救い、其の禍乱を除く。是の故に鬼方の伐は、武を好むに非ざるなり。泬狁於に攘うは、土を貪るに非ざるなり。民を振い徳を育て、以て宇を安強にするなり。古は、天子の守は四夷に在り。彼の互羌より、来り享せざる莫く、普天思い服し、行葦徳に頼る。況んや我が民に近く、禍を蒙ること此の若きをや、救う無かるべけんや。凡そ民の上に奉事する所以の者は、義恩を懐えばなり。痛めば則ち恥無く、福あれば則ち不仁、忿戻怨懟は、恥無きに生ず。今羌の叛くこと久し、傷害多し、百姓急にして、憂禍深く、上下相い従い、未だ休む時を見ず。一たび大将に命じ以て醜虜を掃わしめず、而して州稍稍役を興し、連連として已まず。簾を排して風を障ぎ、沙を探って河に灌ぐが若く、能く禦ぐ所無く、徒だ自ら尽くすのみ。今数州の屯兵、才かに万人に餘り、皆県官に廩食し、歳に数百万斛、又月直有り。但だ此の人耗は、供するに勝うべからず、而るに反って暫く出づるの費を憚るは、甚だ計に非ざるなり。是れ夫れ危うき者は傾き易く、疑う者は化し易し。今虜新たに辺地を擅にして、未だ敢えて自ら安んぜず、震蕩し易きなり。
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