商君書 / 徠民
夫所以為苦民而彊兵者、將以攻敵而成所欲也。兵法曰:「敵弱而兵彊。」此言不失吾所以攻、而敵失其所守也。今三晉不勝秦四世矣、自魏襄以來、野戰不勝、守城必拔、小大之戰、三晉之所亡於秦者、不可勝數也。若此而不服、秦能取其地、而不能奪其民也。
新字:夫所以為苦民而彊兵者、将以攻敵而成所欲也。兵法曰:「敵弱而兵彊。」此言不失吾所以攻、而敵失其所守也。今三晉不勝秦四世矣、自魏襄以来、野戦不勝、守城必抜、小大之戦、三晉之所亡於秦者、不可勝数也。若此而不服、秦能取其地、而不能奪其民也。
書き下し
夫れ民を苦しめて兵を彊くする所以の者は、將に以て敵を攻めて欲する所を成さんとすればなり。兵法に曰く、「敵弱くして兵彊し」と。これ吾が攻むる所以を失わずして、敵はその守る所を失うを言うなり。今、三晉、秦に勝たざること四世なり。魏襄より以來、野戰に勝たず、守城は必ず拔かる。小大の戰い、三晉の秦に亡う所の者は、勝げて數うべからざるなり。此くの若くして服せざるは、秦は能くその地を取るも、而してその民を奪う能わざればなり。
現代語訳
そもそも民を苦しめて兵を強くするのは、それによって敵を攻め、望むところを遂げるためである。兵法にいう、「敵が弱ければこちらの兵は強い」と。これは、自分が攻める手立てを失わず、敵が守る手立てを失うということである。いま三晋が秦に勝てないまま四代が過ぎた。魏の襄王以来、野戦では勝てず、籠城すれば必ず落とされた。大小の戦いで三晋が秦に失ったものは、数えきれない。それでも三晋が屈服しないのは、秦がその土地を取ることはできても、その民を奪うことができないからである。
解説
「その地を取るも、その民を奪う能わず」——四代にわたって勝ち続け、領土を削り取ってきたのに、相手は屈服しない。理由は、土地は取れても人が来ないからだ。ここで商君書は、勝敗の指標を土地から人へ切り替える。市場のシェアを取っても、その市場にいた人材や顧客の忠誠までは移らない、という話にそのまま重なる。買収で事業を取ったのに、人が残らず結局価値を失う例は多い。取ったつもりのものが何だったかを、この一行は問い直させる。
この章句が説くこと
その地を取るもその民を奪う能わず四世勝つも服せず勝敗の指標買収と人材
関連する章句
-
『商君書』徠民秦の鄰と與にする所の者は、三晉なり。兵を用いんと欲する所の者は、韓魏なり。彼は土狹くして民眾く、その宅は參居して并處し、その賓萌は賈息す。民は上に通名無く、下に田宅無くして、姦に恃み末作を務めて以て處る。人の陰陽澤水に復する者、半ばを過ぐ。これその土のその民を生かすに足らざるなり、秦の民のその土を實たすに足らざるに過ぐる有るに似たり。意うに民の情、その欲する所の者は、田宅なり。而して晉のこれ有る無きは信なり、秦の餘り有るは必なり。此くの如くして民の西せざるは、秦の士は戚みて民は苦しめばなり。
-
『商君書』徠民臣竊かに王吏の明を以て過見と為す。これその弱き所以なり。三晉の民を奪わざるは、爵を愛しみて復を重んずればなり。その說に曰く、「三晉の弱き所以の者は、その民は樂を務めて復爵の輕ければなり。秦の強き所以の者は、その民は苦を務めて復爵の重ければなり。今、爵を多くして久しく復せば、これ秦の彊き所以を釋てて、三晉の弱き所以を為すなり」と。これ王吏の爵を重んじ復を愛しむの說なり。而して臣竊かに以て然らずと為す。
-
『商君書』徠民夫れ秦の患うる所の者は、兵を興して伐てば、則ち國家は貧しく、安居して農せば、則ち敵は休息を得。これ王の兩つながら成すこと能わざる所なり。故に四世戰い勝ちて、天下は服せず。今、故秦を以て敵を事とし、而して新民をして本を作さしめば、兵は百たび外に宿すと雖も、境內は須臾の時をも失わず。これ富強兩つながら成るの效なり。
-
『商君書』徠民周軍の勝、華軍の勝、秦は首を斬りてこれを東にす。これを東にするも、益無きは亦た明らかなり。而るに吏は猶お以て大功と為す、その敵を損ずるが為なり。今、草茅の地を以て、三晉の民を徠して、これをして本を事とせしむ。これその敵を損ずるや、戰勝と實を同じくす。而して秦はこれを得て以て粟と為す。これ反りて兩つながら登るの計を行うなり。
-
『商君書』徠民臣の所謂る兵なる者は、悉く興し盡く起こすを謂うに非ざるなり。境內の軍卒車騎に給する能う所を論じ、故秦を兵とし、新民に芻食を給せしむ。天下に服せざるの國有らば、則ち王はこれを以て春にはその農に違い、夏にはその食を食らい、秋にはその刈を取り、冬にはその葆を凍らしむ。大武を以てその本を搖るがし、廣文を以てその嗣を安んず。王これを行うこと十年の內、諸侯は將に異民無からんとす。而して王は何為れぞ爵を愛しみ復を重んずるや。
-
『商君書』徠民曩者、臣言いて曰く、「意うに民の情、その欲する所の者は田宅なり。晉のこれ有る無きは信なり、秦の餘り有るは必なり。此くの若くして民の西せざるは、秦の士は戚みて民は苦しめばなり」と。今、その田宅を利し、これを復すること三世。これ必ずその欲する所を與えて、その惡む所を行わしめざるなり。然らば則ち山東の民、西せざる者無からん。且つ直だ言うの謂いなり。然らずんば、夫れ曠虛を實たし、天寶を出だし、而して百萬、本を事とせば、その益する所は多し。豈に徒だその攻むる所以を失わざるのみならんや。