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商君書 / 農戦

今境內之民及處官爵者、見朝廷之可以巧言辯說取官爵也、故官爵不可得而常也。是故進則曲主、退則慮所以實其私、然則下賣權矣。夫曲主慮私、非國利也、而為之者、以其爵祿也。下賣權、非忠臣也、而為之者、以末貨也。然則下官之冀遷者、皆曰:「多貨則上官可得而欲也。」曰:「我不以貨事上而求遷者、則如以狸餌鼠爾、必不冀矣。若以情事上而求遷者、則如引諸絕繩而求乘枉木也、愈不冀矣。之二者不可以得遷、則我焉得無下動眾取貨以事上、而以求遷乎!」

新字:今境内之民及処官爵者、見朝廷之可以巧言弁説取官爵也、故官爵不可得而常也。是故進則曲主、退則慮所以実其私、然則下売権矣。夫曲主慮私、非国利也、而為之者、以其爵禄也。下売権、非忠臣也、而為之者、以末貨也。然則下官之冀遷者、皆曰:「多貨則上官可得而欲也。」曰:「我不以貨事上而求遷者、則如以狸餌鼠爾、必不冀矣。若以情事上而求遷者、則如引諸絶縄而求乗枉木也、愈不冀矣。之二者不可以得遷、則我焉得無下動眾取貨以事上、而以求遷乎!」

書き下し

今境內の民、及び官爵に處る者、朝廷の巧言辯說を以て官爵を取るべきを見る。故に官爵は得て常とすべからざるなり。是の故に進みては則ち主を曲げ、退きては則ち以てその私を實たす所を慮る。然らば則ち下は權を賣らん。夫れ主を曲げ私を慮るは、國の利に非ざるなり、而もこれを為す者は、その爵祿を以てなり。下權を賣るは、忠臣に非ざるなり、而もこれを為す者は、末貨を以てなり。然らば則ち下官の遷を冀う者、皆な曰く、「貨多ければ則ち上官は得て欲すべきなり」と。曰く、「我れ貨を以て上に事えずして遷を求むる者は、則ち狸を以て鼠を餌するが如きのみ、必ず冀わざらん。若し情を以て上に事えて遷を求むる者は、則ち絕繩に諸を引きて枉木に乘らんことを求むるが如きなり、愈々冀わざらん。この二者は以て遷を得べからざれば、則ち我れ焉んぞ下、眾を動かし貨を取りて以て上に事え、而して以て遷を求むること無きを得んや」と。

現代語訳

いま国じゅうの民も、官職や爵位についている者も、朝廷では巧みな弁舌と議論で官職や爵位が取れるのを見ている。だから官職や爵位は、確かな基準で得られるものではなくなっている。そこで、出仕すれば君主の判断を曲げ、退けば私腹を肥やす手立てを考える。こうして下の者は権限を売り物にする。君主の判断を曲げ私腹を図るのは国の利益ではないが、それをやるのは爵位と俸禄のためだ。下の者が権限を売るのは忠臣のすることではないが、それをやるのは末端の金のためだ。すると昇進を望む下級の役人はみな言う。「金を積めば上の官職は望めるのだ」と。そして言う。「金を積まずに昇進を求めるのは、猫を餌にして鼠を釣るようなもので、望みはない。誠意で上に仕えて昇進を求めるのは、切れた縄を引いて曲がった木に登ろうとするようなもので、なおさら望みがない。この二つでは昇進できないのだから、どうして下で民を動かして金を集め、それを上に差し出して昇進を求めずにいられようか」と。

解説

腐敗がどう連鎖するかを、下級役人の独白として書いた迫真の一段である。誠意で昇進を求めるのは切れた縄で木に登るようなものだ——だから民から搾り取って上に献上する。ここで商鞅が指しているのは個人の品性ではない。基準が定まっていないという一点が、下の者に「金以外の道はない」という結論を出させるのだ、という因果である。評価が上司の心証で決まる組織で、部下が上司の機嫌取りに時間を使うのは、堕落ではなく合理である。基準を明示しないことは、優しさではなく、腐敗の設計に加担することだと読める。

この章句が説くこと

権を売る貨を以て上に事う狸を以て鼠を餌す基準の不在が腐敗を生む

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