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呻吟語 / 外篇・治道・我は皋・夔・稷・契なりや否や

臣是皋、夔、稷、契,君自然是堯、舜,民自然是唐、虞。士君子當自責我是皋、夔、稷、契否?終日悠悠泄泄,只說吾君不堯、舜,弗俾厥後惟堯、舜,是誰之愧恥?吾輩高爵厚祿,寧不遑汗。

新字:臣是皋、夔、稷、契,君自然是堯、舜,民自然是唐、虞。士君子当自責我是皋、夔、稷、契否?終日悠悠泄泄,只説吾君不堯、舜,弗俾厥後惟堯、舜,是誰之愧恥?吾輩高爵厚禄,寧不遑汗。

書き下し

臣是れ皋・夔・稷・契ならば、君自然に是れ堯・舜、民自然に是れ唐・虞なり。士君子は當に自ら責むべし、我は皋・夔・稷・契なりや否やと。終日悠悠泄泄として、只だ吾が君堯・舜ならずと說き、厥の後をして惟れ堯・舜たらしめずんば、是れ誰の愧恥ぞ。吾輩の高爵厚祿、寧ぞ遑汗せざらんや。

現代語訳

臣が皋陶や夔や后稷や契であれば、君は自ずと堯舜であり、民は自ずと唐虞です。士君子は自ら責めるべきです、自分は皋陶や夔や后稷や契かどうかと。一日中のんびりゆったりして、ただ我が君は堯舜でないと言い、その後の君を堯舜にできなければ、それは誰の恥でしょうか。我らの高い爵と厚い禄で、どうして汗が出ないでしょうか。

解説

君の質を、臣の質から導きます。臣が優れていれば君は自ずと堯舜になる、と因果を逆にしています。だから君を評する前に、自分がその臣かどうかを問えということです。そして現状が描かれます。のんびりしながら君を批判する。最後に高い爵と厚い禄が持ち出され、それを受け取りながら何もしていないという自責で締められています。

この章句が説くこと

因果自責爵禄

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