呻吟語 / 外篇・品藻・似の字を偽の字と看る
鄉原是似不是偽,孟子也只定他個似字。今人卻把似字作偽字看,不惟欠確,且末減了他罪。
新字:鄉原是似不是偽,孟子也只定他個似字。今人却把似字作偽字看,不惟欠確,且末減了他罪。
書き下し
鄉原は是れ似にして是れ偽ならず。孟子も也た只だ他に個の似の字を定む。今人は卻って似の字を把りて偽の字と作して看る。惟だ確を欠くのみならず、且つ他の罪を末減せり。
現代語訳
郷原は似ているのであって、偽っているのではありません。孟子もただ似という一字を与えただけです。今の人はその似という字を偽という字として読んでいます。正確でないだけでなく、かえって罪を軽くしています。
解説
郷原を偽善者と読むのは誤りだと言います。孟子が与えたのは似という字であって、偽ではない。そして偽と読むことが罪を軽くしていると指摘します。偽なら自覚があるが、似ているだけの者には自覚が無い。自覚の無さのほうが厄介だという見方で、一字の読み違いを正した一段です。自覚の無さのほうが厄介だ、という見方になっています。
この章句が説くこと
郷原似偽自覚読み違い
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