呻吟語 / 外篇・品藻・帝を友視して足を其の腹に加ふ
如欲遠引高蹈,何處不可藏身,便不見光武也得,既見矣,猶友視帝,而加足其腹焉,恐道理不當如是,若光武者則大矣。
新字:如欲遠引高蹈,何処不可蔵身,便不見光武也得,既見矣,猶友視帝,而加足其腹焉,恐道理不当如是,若光武者則大矣。
書き下し
如し遠く引き高く蹈まんと欲せば、何處か身を藏す可からざらん。便ち光武を見ざるも也た得。既に見えたれば、猶ほ帝を友視して足を其の腹に加ふるは、恐らくは道理當に是の如くなるべからず。光武の若きは則ち大なり。
現代語訳
もし遠く身を引き高く歩もうとするなら、どこにでも身を隠せたはずです。そもそも光武帝に会わなければよかったのです。すでに会ったうえで、なお帝を友として見て、足を帝の腹に乗せるというのは、道理としてそうあるべきではないでしょう。光武帝のほうこそ、大きいと言えます。
解説
厳子陵の有名な逸話を、二段で批判します。隠れるなら会わなければよかった、会ったうえで足を乗せるのは筋が違う、と。そして最後に光武帝を称えます。無礼を受け流した側のほうが大きい、と。高潔さを称える通説を逆転させ、受け止めた側に軍配を上げた一段になっています。高潔さを称える通説を逆転させ、受け止めた側に軍配を上げています。
この章句が説くこと
厳子陵光武帝無礼逆転度量
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