呻吟語 / 内篇・養生・將に誰にか賴らんや
饑寒痛癢,此我獨覺,雖父母不之覺也;衰老病死,此我獨當,雖妻子不能代也。自愛自全之道,不自留心,將誰賴哉?
新字:饑寒痛癢,此我独覚,雖父母不之覚也;衰老病死,此我独当,雖妻子不能代也。自愛自全之道,不自留心,将誰頼哉?
書き下し
饑寒痛癢は、此れ我獨り覺ゆ、父母と雖も之を覺えざるなり。衰老病死は、此れ我獨り當たる、妻子と雖も代はる能はざるなり。自ら愛し自ら全うするの道、自ら心を留めずんば、將に誰にか賴らんや。
現代語訳
飢えも寒さも痛みも痒みも、自分だけが感じるもので、父母でさえ感じられません。衰えも老いも病も死も、自分だけが引き受けるもので、妻子でさえ代われません。自分を愛し自分を全うする道に、自分で心を留めなければ、誰を頼りにするのでしょうか。
解説
身体の感覚と生老病死を、代替不可能なものとして示します。最も近い父母も妻子も、感じることも代わることもできません。だから自分の身は自分で守るしかない。養生を、自分でしかできない領域の話として位置づけた一段です。冷たい言い方ですが、事実として反論の余地がありません。養生を、自分でしかできない領域として位置づけています。
この章句が説くこと
身体代替不能自愛生老病死責任
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