呻吟語 / 内篇・應務・橫逆を排遣するの法
與禽獸奚擇哉?於禽獸又何難焉?此是孟子大排遣。初愛敬人時,就安排這念頭,再不生氣。余因擴充排遺橫逆之法,此外有十:一曰與小人處,進德之資也。彼侮愈甚,我忍愈堅,於我奚損哉?《詩》曰:「他山之石,可以攻玉。」二曰不遇小人,不足以驗我之量。《書》曰:「有容德乃大。」三曰彼橫逆者至於自反,而忠猶不得免焉。其人之頑悖甚矣,一與之校必起禍端。兵法云:「求而不得者,挑也無應。」四曰始愛敬矣,又自反而仁禮矣,又自反而忠矣。我理益直,我過益寡。其卒也乃不忍於一逞以掩舊善,而與彼分惡,智者不為。太史公曰:「無棄前修而祟新過。」五曰是非之心,人皆有之。彼固自昧其天,而責我無已,公論自明,吾亦付之不辯;古人云:「桃李不言,下自成蹊。」六曰自反無闕。彼欲難盈,安心以待之,緘口以聽之,彼計必窮。
新字:与禽獣奚択哉?於禽獣又何難焉?此是孟子大排遣。初愛敬人時,就安排這念頭,再不生気。余因擴充排遺横逆之法,此外有十:一曰与小人処,進徳之資也。彼侮愈甚,我忍愈堅,於我奚損哉?《詩》曰:「他山之石,可以攻玉。」二曰不遇小人,不足以験我之量。《書》曰:「有容徳乃大。」三曰彼横逆者至於自反,而忠猶不得免焉。其人之頑悖甚矣,一与之校必起禍端。兵法云:「求而不得者,挑也無応。」四曰始愛敬矣,又自反而仁礼矣,又自反而忠矣。我理益直,我過益寡。其卒也乃不忍於一逞以掩旧善,而与彼分悪,智者不為。太史公曰:「無棄前修而祟新過。」五曰是非之心,人皆有之。彼固自昧其天,而責我無已,公論自明,吾亦付之不弁;古人云:「桃李不言,下自成蹊。」六曰自反無闕。彼欲難盈,安心以待之,緘口以聴之,彼計必窮。
書き下し
禽獸と奚ぞ擇ばんや、禽獸に於て又た何ぞ難からんや。此れは是れ孟子の大排遣なり。初め人を愛敬する時、就ち這の念頭を安排すれば、再び氣を生ぜず。余因りて橫逆を排遣するの法を擴充す。此の外に十有り。一に曰く、小人と處するは、德に進むの資なり。彼の侮ること愈いよ甚だしければ、我の忍ぶこと愈いよ堅し。我に於て奚ぞ損せんや。二に曰く、小人に遇はずんば、以て我が量を驗するに足らず。三に曰く、彼の橫逆なる者自反に至るも、忠猶ほ免るるを得ず。其の人の頑悖甚だし、一たび之と校せば必ず禍端を起こす。
現代語訳
禽獣とどこが違うだろうか、禽獣に対して何を難しく思うことがあろうか。これが孟子の大きな気の晴らし方です。初めから人を愛し敬うときにこの心づもりをしておけば、もう腹が立ちません。私はそこで理不尽をやり過ごす方法を広げました。この他に十あります。一に、小人と付き合うのは徳に進む元手です。相手の侮りが甚だしいほど、こちらの忍びは堅くなります。自分に何の損があるでしょうか。二に、小人に遭わなければ自分の度量を試せません。三に、理不尽な相手が反省まで至っても、真心がなお通じない。その人の頑なさは甚だしく、一度張り合えば必ず禍の端を開きます。
解説
この章句が説くこと
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