呻吟語 / 内篇・應務・心一に氣純なれば
心一氣純,可以格天動物,天下無不成之務矣。
新字:心一気純,可以格天動物,天下無不成之務矣。
書き下し
心一に氣純なれば、以て天を格し物を動かす可く、天下に成らざるの務め無し。
現代語訳
心が一つで気が純であれば、天を動かし物を動かすことができ、天下に成らない務めはありません。
解説
成し遂げる条件を、心の一つ性と気の純度に絞ります。能力も権限も出てきません。前に出てきた、鳥が卵を抱くように誠が通れば化すという段と同じ立場で、こちらは条件を二つの語に縮めています。一と純。どちらも混じり物が無い状態を指しており、足すのではなく取り除くことで達する条件になっています。足すのではなく、取り除くことで達する条件です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
一純誠感格条件
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