呻吟語 / 内篇・應務・心一に氣純なれば
心一氣純,可以格天動物,天下無不成之務矣。
新字:心一気純,可以格天動物,天下無不成之務矣。
書き下し
心一に氣純なれば、以て天を格し物を動かす可く、天下に成らざるの務め無し。
現代語訳
心が一つで気が純であれば、天を動かし物を動かすことができ、天下に成らない務めはありません。
解説
成し遂げる条件を、心の一つ性と気の純度に絞ります。能力も権限も出てきません。前に出てきた、鳥が卵を抱くように誠が通れば化すという段と同じ立場で、こちらは条件を二つの語に縮めています。一と純。どちらも混じり物が無い状態を指しており、足すのではなく取り除くことで達する条件になっています。足すのではなく、取り除くことで達する条件です。
この章句が説くこと
一純誠感格条件
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『呻吟語』内篇・修身・善を為すは飲食衣服の如し善の當に為すべきは、飲食衣服の然るが如し。乃ち吾人日用常行の事なり。人未だ禍福を以て衣食を廢する者有るを聞かず。而るに善を為すは則ち禍福を以て行止と為す。未だ毀譽を以て衣食を廢する者有るを聞かず。而るに善を為すは則ち毀譽を以て行止と為す。惟だ善を為すの心真誠ならざるの故なるのみ。果たして真、果たして誠ならば、尚ほ饑寒に死するを甘んじて善に趨くを樂しむ者有り。
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