呻吟語 / 内篇・應務・一錯二誤
語雲一錯二誤最好理會。凡一錯者,必二誤,蓋錯必悔怍,悔怍則心凝於所悔,不暇他思,又錯一事。是以無心成一錯,有心成二誤也。禮節應對間最多此失。苟有錯處,更宜鎮定,不可忙亂,一忙亂則相因而錯者無窮矣。
新字:語雲一錯二誤最好理会。凡一錯者,必二誤,蓋錯必悔怍,悔怍則心凝於所悔,不暇他思,又錯一事。是以無心成一錯,有心成二誤也。礼節応対間最多此失。苟有錯処,更宜鎮定,不可忙乱,一忙乱則相因而錯者無窮矣。
書き下し
語に云ふ一錯二誤は最も好く理會す。凡そ一たび錯る者は、必ず二たび誤る。蓋し錯れば必ず悔怍す。悔怍すれば則ち心悔ゆる所に凝りて、他を思ふに暇あらず、又た一事を錯る。是を以て無心にして一錯を成し、有心にして二誤を成すなり。禮節應對の間に最も此の失多し。苟しくも錯る處有らば、更に宜しく鎮定すべく、忙亂す可からず。一たび忙亂すれば則ち相因りて錯る者窮まり無し。
現代語訳
一つ誤れば二つ間違うという言葉は、実によく言い当てています。およそ一度誤れば、必ず二度目を間違えます。誤れば必ず悔やみ恥じます。悔やめば心が悔いたところに凝り固まり、他を考える暇が無く、また一つ誤ります。だから無心のうちに一つ目の誤りを作り、意識のあるうちに二つ目の間違いを作るのです。礼儀や応対の場面で、この失敗が最も多い。もし誤ったところがあれば、いっそう落ち着くべきで、慌ててはいけません。ひとたび慌てれば、次々と誤りが限りなく続きます。
解説
連鎖する失敗の仕組みを説明します。一つ目は無心の誤り、二つ目は悔いに心を奪われた結果です。つまり二つ目は反省が原因になっている。だから対策は反省ではなく落ち着くことになります。慌てれば連鎖が止まらないという観察も的確で、失敗直後の振る舞いを指示した実に実用的な一段です。失敗直後の振る舞いを指示した、実用的な一段です。
この章句が説くこと
連鎖失敗悔い鎮定応対
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