呻吟語 / 内篇・存心・若し罪過有らば、都て是れ天君の承當
手有手之道,足有足之道,耳目鼻口有耳目鼻口之道。但此輩皆是奴婢,都聽天君使令。使之以正也,順從,使之以邪也,順從。渠自沒罪過,若有罪過,都是天君承當。
新字:手有手之道,足有足之道,耳目鼻口有耳目鼻口之道。但此輩皆是奴婢,都聴天君使令。使之以正也,順従,使之以邪也,順従。渠自没罪過,若有罪過,都是天君承当。
書き下し
手に手の道有り、足に足の道有り、耳目鼻口に耳目鼻口の道有り。但だ此の輩は皆是れ奴婢、都て天君の使令を聽く。之をして正を以てせしむれば順從し、之をして邪を以てせしむるも順從す。渠は自ら罪過無し。若し罪過有らば、都て是れ天君の承當なり。
現代語訳
手には手の道があり、足には足の道があり、耳目鼻口には耳目鼻口の道があります。ただしこれらはみな召使いで、すべて心の君の命令を聞きます。正しいことをさせれば従い、邪なことをさせても従います。彼らには罪はありません。もし罪があるなら、すべて心の君が引き受けるべきです。
解説
体の各部と心の関係が、主人と召使いの形で整理されます。手も足も目も耳も命令に従うだけで、正にも邪にも同じように従う。だから彼らに罪はない、と。責任の所在が一点に集められます。手が出た、口が滑った、という言い方はここでは通りません。すべて心の君が引き受けるという結論で、行いの責任を意志に返す一段です。
この章句が説くこと
天君四肢命令責任帰属
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