説苑 / 尊賢
齊宣王坐,淳于髡侍,宣王曰:「先生論寡人何好?」淳于髡曰:「古者所好四,而王所好三焉。」宣王曰:「古者所好,何與寡人所好?」淳于髡曰:「古者好馬,王亦好馬;古者好味,王亦好味;古者好色,王亦好色;古者好士,王獨不好士。」宣王曰:「國無士耳,有則寡人亦說之矣。」淳于髡曰:「古者驊騮騏驥,今無有,王選於眾,王好馬矣;古者有豹象之胎,今無有,王選于眾,王好味矣;古者有毛廧西施,今無有,王選於眾,王好色矣。王必將待堯舜禹湯之士而後好之,則禹湯之士亦不好王矣。」宣王嘿然無以應。
新字:斉宣王坐,淳于髡侍,宣王曰:「先生論寡人何好?」淳于髡曰:「古者所好四,而王所好三焉。」宣王曰:「古者所好,何与寡人所好?」淳于髡曰:「古者好馬,王亦好馬;古者好味,王亦好味;古者好色,王亦好色;古者好士,王独不好士。」宣王曰:「国無士耳,有則寡人亦説之矣。」淳于髡曰:「古者驊騮騏驥,今無有,王選於眾,王好馬矣;古者有豹象之胎,今無有,王選于眾,王好味矣;古者有毛廧西施,今無有,王選於眾,王好色矣。王必将待堯舜禹湯之士而後好之,則禹湯之士亦不好王矣。」宣王嘿然無以応。
書き下し
斉の宣王坐す、淳于髡侍す。宣王曰く、「先生論ぜよ、寡人何をか好むと」と。淳于髡曰く、「古者好む所四つにして、王の好む所三つのみ」と。宣王曰く、「古者の好む所、何ぞ寡人の好む所と与にせん」と。淳于髡曰く、「古者馬を好み、王も亦た馬を好む。古者味を好み、王も亦た味を好む。古者色を好み、王も亦た色を好む。古者士を好むも、王独り士を好まず」と。宣王曰く、「国に士無きのみ、有らば則ち寡人も亦た之を説ばん」と。淳于髡曰く、「古者驊騮・騏驥ありしも、今は無し、王衆に選びて、王馬を好むなり。古者豹象の胎ありしも、今は無し、王衆に選びて、王味を好むなり。古者毛廧・西施ありしも、今は無し、王衆に選びて、王色を好むなり。王必ず将に堯・舜・禹・湯の士を待ちて後に之を好まんとすれば、則ち禹・湯の士も亦た王を好まざらん」と。宣王嘿然として以て応うる無し。
現代語訳
斉の宣王が座り淳于髡が側に侍っていた。宣王が「私は何を好むか論じよ」と言うと、淳于髡は「昔の人が好んだものは四つですが、王が好むのは三つだけです」と言った。「馬・美味・美女は好むが士だけは好まない」と指摘されると、宣王は「国に(それに値する)士がいないだけだ、いれば喜んで迎える」と弁明した。淳于髡は返した。「昔の名馬も今はいませんが、王は選りすぐりの馬を好んでおられます。昔の美食も美女も今と同じで、それでも王は現存の中から選んで満足しておられます。士についてだけ堯・舜・禹・湯の時代の理想の士を待つのなら、そのような理想の士もまた王を好まないでしょう。」宣王は黙り込み答えられなかった。
解説
この章句が説くこと
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史記 管晏列伝管仲夷吾は、潁上の人なり。少き時常に鮑叔牙と游び、鮑叔、其の賢なるを知れり。管仲貧困にして、常に鮑叔を欺くも、鮑叔、終に善く之を遇し、以て言を為さず。已にして鮑叔、斉の公子小白に事へ、管仲は公子糾に事ふ。小白立ちて桓公と為り、公子糾死するに及び、管仲囚はる。鮑叔遂に管仲を進む。管仲既に用ひられ、政に斉に任ず。斉の桓公以て覇たり、諸侯を九合し、天下を一匡したるは、管仲の謀なり。
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史記 孫子呉起列伝呉起是に於いて魏の文侯の賢なるを聞き、之に事へんと欲す。文侯、李克に問ひて曰く、「呉起は何如なる人ぞ」と。李克曰く、「起は貪にして色を好む。然れども兵を用ゐるは、司馬穰苴も過ぐる能はざるなり」と。是に於いて魏の文侯以て将と為し、秦を撃ち、五城を抜く。
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『韓非子』亡徵第十五境内の傑、事とされずして、封外の士を求め、功伐を以て課試せずして、好んで名問を以て舉錯し、羈旅起り貴くして以て故常を陵ぐ者は、亡ぶ可きなり。
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孟子・梁惠王章句下孟子、齊の宣王に見えて曰く、「所謂故國とは、喬木有るの謂を謂うに非ざるなり。世臣有るの謂なり。王には親臣無し。昔者(セキ・ジャ)進むる所、今日其の亡を知らざるなり。」王曰く、「吾、何を以て其の不才を識りて之を舍てん。」曰く、「國君、賢を進むること已むを得ざるが如くす。將に卑をして尊を踰え、疏をして戚を踰えしめんとす。慎まざる可けんや。左右皆賢なりと曰うも、未だ可ならざるなり。諸大夫皆賢と曰うも、未だ可ならざるなり。國人皆賢と曰う、然る後に之を察し、賢なるを見て、然る後に之を用いよ。左右皆不可と曰うも、聽く勿れ。諸大夫皆不可と曰うも、聽く勿れ。國人皆不可と曰う、然る後に之を察し、不可なるを見て、然る後に之を去れ。左右皆殺す可しと曰うも、聽く勿れ。諸大夫皆殺す可しと曰うも、聽く勿れ。國人皆殺す可しと曰う、然る後に之を察し、殺す可きを見て、然る後に之を殺せ。故に曰く、國人之を殺すなり、と。此の如くにして、然る後以て民の父母為る可し。」